人事・労務

スタートアップでも雇用契約書が必須な理由

スタートアップだからといって、従業員を雇うときに契約書がなくてもよい、ということは当然ながらありません。たとえスタートアップであったとしても、従業員との間で雇用契約書を作成することが必要です。むしろ人の入れ替わりが激しいスタートアップだからこそ、円満に退職できるようにするためにも必要なのです。

そもそも雇用契約書とは何か、から雇用契約書が必要な理由、そして実際の雇用契約書の記載内容などについて説明します。

1.雇用契約書とは

雇用契約書とは、使用者と労働者の間の労働に関する各種条件=ルールを書面化したものです。使用者と労働者がお互いに同意して書面として残すことによって、業務内容や給与形態などについて明確にすることができ、万が一トラブルになった場合でも、書面で合意した内容を原則論として対応することができるようになります。

労働者にとって労働条件を明確にする、というだけでなく、使用者たる会社にとっても将来しうるトラブルを未然に防ぐことができる、という意味で会社にとって重要な書類の一つです。

雇用契約書を締結する労働者としては、正社員をはじめとして、有期雇用の契約社員、パートタイム労働者、アルバイトなど、雇用形態を問わず、全労働者が対象になります。

なお、業務委託社員のみ雇用契約書ではなくいわゆる「業務委託契約書」を締結します。

2.雇用契約書が必要な理由

雇用契約書が必要な理由のうち重要なものを以下、説明します。

労働条件の明確化

雇用する側である使用者は、労働者に対して、労働条件を明示する義務があります。

労働基準法第15条第1項では、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と定められています。

また、労働契約法第4条第2項には、「労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする」とあります。

労働条件を明確にするという観点では、使用者側が一方的に労働者に労働条件を通知する「労働条件通知書」だけであっても、ただちに違法ということにはならないですが、労働者の同意を得る、という観点からは、雇用契約書を締結しておくことが必要です。

トラブル防止

雇用契約書を締結することで、将来発生しうるトラブルの防止になります。

例えば、雇用した労働者が働き始めて年月が経過した場合、働く条件や内容に対する認識や解釈について、使用者とのあいだで食い違いが生じる可能性があります。このようなとき、雇用契約書を交わしておくことで、労働条件や労働内容をいつでも確認することができ、無用なトラブルが発生しにくくなります。

従業員同士の公平性

雇用契約書は、その形態にかかわらず、労働者を雇用する際には交わすことができます。労働基準法では、1日だけ、1週間だけといった短期アルバイトであっても立派な労働者です。労働者にも多様な形態があるのはいいことですが、それぞれの形態に関して不公平があっては労働者同士にあつれきを生む原因になります。そうならないためにも、いかなる雇用形態においても公平性のある仕組みづくりをすることが必要です。

雇用契約書があれば、従業員ごと、雇用形態ごとの内容の比較が容易になります。

3.雇用契約書に記載すべき内容は?

雇用契約書に記載すべき事項については、労働基準法15条1項が定めている使用者が労働者に明示すべき項目を雇用契約書にも記載するのが相当です。明示すべき記載事項としては、必ず書面に記載して明示しなければならない「絶対的記載事項」と、会社のルールについて、任意に書面あるいは口頭などで明示すればいい「相対的記載事項」に分かれます。

絶対的記載事項

雇用契約書に記載すべき絶対的記載事項は以下のとおりです。

  • 契約期間
  • 就業場所
  • 業務内容
  • 始業と終業の時刻
  • 休憩時間
  • 交替制について
  • 休日
  • 有給休暇
  • 賃金
  • 退職

・契約期間

労働契約の期間について記載します。契約社員のように労働期間の定めがある契約の場合は、その期間を明示します。一般的な正社員など、労働期間の定めがない契約であっても、その旨を明示する必要があります。

・就業場所

実際に業務に従事する場所、すなわち勤務場所を明示します。将来的に転勤など勤務地が変わる予定であったとしても、雇用契約締結時点での勤務地を明示しておけばいいことになっています。

・業務内容

実際に携わる業務内容を明示します。専門職の場合は具体的に記載できますが、スタートアップの場合は、ありとあらゆる業務を担当することにもなりますので、「会社の指示する業務」といった抽象的な記載にならざるを得ない部分もあります。

・始業時刻と終業時刻

始業時刻と終業時刻について明示します。シフト制勤務のように、曜日などによって勤務時刻が異なるときには、勤務パターンごとの始業時刻と終業時刻を明示します。

・休憩時間

所定労働時間に対する具体的な休憩時間を明示します。労働基準法では、所定労働時間が6時間を超え8時間以下の場合は、少なくとも45分の休憩時間が必要とされています。また、所定労働時間が8時間を超えるときは、少なくとも1時間の休憩が必要とされています。

・交替性について

早番、遅番などの勤務形態を採用する場合に明示します。

・休日

労働基準法では、1週間に1日、または4週間に4日の休日を与える必要があるとされていますので、それに沿った休日を明示します。ただし、毎週決まった曜日にする必要はなく、シフト制の休日にしても構いません。

・賃金

労働基準法では毎月1回以上、支払日を定めて賃金を支払うと定められていますので、その賃金支払日について明示します。なお、月払い賃金の場合、「毎月第4金曜日」など、月ごとに日付が変動する決め方はできません。

また、昇給の有無についての記載も必要です。

・退職

定年退職など退職規定やその手続方法、解雇規定の事由などを定めます。

相対的記載事項

その他会社や事業に特有な規定を設ける場合、書面あるいは口頭で明示すべき事項があります。この相対的明示事項は口頭でもいいのですが、できるなら書面に記しておいたほうがトラブル防止となるので、雇用契約書に明示しておきましょう。以下のような事項が相対的記載事項にあたります。

・賞与や臨時手当

賞与や臨時で支払われる手当や報奨金などが決められている場合には、「年に何回支給するのか」「何月に支給するのか」「何を基準に支給するのか」などを明示する必要があります。

・退職金

退職金の規定がある場合、退職金が支給される労働者の範囲、計算方法、決定方法、支払時期、支払方法などを明示する必要があります。

・労働者が負担する費用

労働者が負担する費用がある場合は、明示する必要があります。例えば、作業着といった業務上必要な物についての労働者負担分や、社員食堂があった場合の労働者の食費負担分なども記載しておきます。

アルバイト・パートタイムの場合

アルバイトやパートタイムで従業員を雇用する場合、雇用契約書の作成は基本的には上記の事項を定めた雇用契約書を作成しておけば問題ありません。もっとも、アルバイトやパートタイムの場合、パートタイム労働法第6条が追加的に適用されるため、一般的な雇用契約書に追加する形で、昇給の有無、賞与の有無、退職手当の有無も記載する必要があります。

第六条 事業主は、短時間労働者を雇い入れたときは、速やかに、当該短時間労働者に対して、労働条件に関する事項のうち労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第十五条第一項に規定する厚生労働省令で定める事項以外のものであって厚生労働省令で定めるもの(次項及び第十四条第一項において「特定事項」という。)を文書の交付その他厚生労働省令で定める方法(次項において「文書の交付等」という。)により明示しなければならない。
2 事業主は、前項の規定に基づき特定事項を明示するときは、労働条件に関する事項のうち特定事項及び労働基準法第十五条第一項に規定する厚生労働省令で定める事項以外のものについても、文書の交付等により明示するように努めるものとする。

短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律

試用期間に関する雇用契約書

会社によっては、正式な雇用契約の開始前に試用期間を設定する場合ああります。雇用契約における契約期間と試用期間との大きな違いは、その法的な効力です。解約権留保つき雇用契約とも呼ばれ、試用期間中、または試用期間満了に伴って、一般的な雇用契約よりもやや広い範囲での解約・解雇が認められています。

たとえば解雇の理由として認められるのが、従業員による経歴詐称、試用期間中の複数回の無断欠勤、勤怠態度が悪く指導しても改善されない、会社に危害を与えるような言動などです。合理的な理由や社会通念上の理由があれば、一般的な労働者と比べて会社側は解雇しやすくなります。

試用期間を経て、正式に雇用するときに雇用契約書を結ぶという企業も少なくありません。しかし、試用期間であっても、従業員の雇用にあたっては労働条件を書面で通知しなければなりません。試用期間にも雇用契約書を取り交わすか、労働条件通知書の作成・交付が必要です。

試用期間に関する契約を締結しなかった、雇用契約に試用期間に関する規定を設けていなかった場合、試用期間だったとしても解約・解雇が難しくなる可能性があります。雇用契約書に試用期間を明示し、試用期間に関する取り扱いについては、一般的な記載事項に追記する形で、解雇の取り扱い、本採用になったときの手続きなどを記載すると良いでしょう。

なお、長期の試用期間は、無効とされることがあります。試用期間を設ける場合は、長くても6ヶ月程度にとどめておくのがよいでしょう。

4.雇用契約書と労働条件通知書の違い

雇用契約書に似た書面に「労働条件通知書」がありますが、結論としては、両方とも記載すべき内容はほぼ同じになることが多いです。労働条件通知書は、労働基準法に基づく使用者の労働者に対する労働条件を明示する義務を具体化した書面であり、雇用契約書には、労働条件の明確化やトラブル防止の観点から労働基準法が定める使用者が労働者に明示すべき労働条件を記載するのが相当だからです。

そして、労働基準法のもとでは、使用者が労働者に明示すべき労働条件を記載した雇用契約書を作成した場合、同契約書が労働条件通知書の機能も兼ねるため、使用者としては、同契約書とは別に労働条件通知書を作成する必要はありません。

なお、使用者が労働者に対して絶対的記載事項を明示しなかった場合には、労働基準法第120条により30万円以下の罰金が科されることになります。

5.まとめ

冒頭にも説明しましたが、雇用契約書は、使用者と労働者の間の合意内容を明確にするために書面化したものです。労働者にとっては安心材料になるものですし、使用者にとっても無用なトラブルから会社を守るために必要です。同時に労働基準法という法律で求められている事項もありますので、作る以上は、漏れなく正しい内容で締結するようにしましょう。

契約書や社内規定の整備といったバックオフィス業務を後回しにしがちなスタートアップにとっては、リソースの負担が大きいかもしれませんが、将来のトラブルや従業員満足度を考えた場合、最初に作成しておくことの方が圧倒的に価値があるのです。

どういう風に働いてもらうのが理想か、改めて考えながら作成していくのが良いかもしれません。


この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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