判例

労働判例の読み方「退職勧奨」【A社長野販売ほか事件】東京高裁平29.10.18判決(労判1179.47)

0.事案の概要

 この裁判例は、会社代表者が、その会社の全女性従業員4名に対し、退職を強要するような言動を行い、実際に4名とも退職に追い込まれた、と争われた事件で、一部従業員への降格処分、賞与減額処分の違法性、4名に対する退職強要の違法性について、(金額はともかく)原告の請求をいずれも認容した事案です。実務上のポイントとして特に注目している点が1点あります。

1.間接的な退職強要

 法律構成の問題はほとんど見当たらず、事実認定が問題の裁判例です。
 裁判所の、争点ごとの判断だけを見ると、この証拠だけからこんな事実認定して良いのかなあ、と思う点がいくつかあります。しかし、争点に対する判断を示す前に記載されている「認定事実」が非常に詳細です。そこも合わせて見れば、判決の前半部分で張り切り過ぎて息切れしている感じはするものの、無理な認定をしていないことが理解できます。
 一点だけ興味深いのが、間接的な退職強要です。
 4名のうち、2名については、代表者が直接退職を勧めていますが、残り2名は、最初の2名が受けた対応を伝え聞いて、抵抗することを諦めて退職した、という事実認定です。直接退職を勧めていないのに、退職強要が認定されたのです。
 この部分の理由付けも、これだけを見れば非常に心細いものです。いずれ自分にも、という不安だけが退職の理由のようにも読めてしまうような書き方だからです。
 けれども、女性が4名しかいない会社で、代表者は、着任当初からその4名がいずれも不要であると公言し、そのうちの1名が実際に降格や賞与カットされ、さらに退職に追い込まれた、という経緯を間近に見ていた、などの状況を考えれば、脅しとして十分である、という評価も納得できます。

2.実務上のポイント

 判決の一つの「型」として、裁判所の判断として、①事案の全体(事実認定)を示した後に、②各論点の判断を示す型があり、この裁判例もこの型です。
 裁判所にアピールするのが仕事である弁護士の目線から言わせると、②各論点の主張部分では、関連する事実や証拠は全て引用し、結び付けておきたく感じます。例えば、ここでの間接的な退職強要について主張する場合には、残りの2名がどのような事情から怯えていたのか、について、関連しそうな事情は全て引用しますから、下手をすると②の論点全てについて、①の議論を最初から最後まで繰り返し引用することになります。これは、丁寧だから、というよりも、心配だから念のため、という気持ちの方が強いと思います(もちろん、弁護士によって違うでしょうが)。
 ともかく、弁護士の側から見ると、ここでの裁判所の認定は、思わず「それだけが理由じゃないよね」と言いたくなるものです。
 けれども、特に事実認定が争われる事案であり、労働判例であれば、この裁判例が示したように、各論点の該当箇所で示された理由が実は理由の全てではないかもしれない、ということは、理解しておくべきです。
 労働判例で、特に不法行為が論点になる場合には、間接事実の積み重ねの問題であり、しかも、近時は会社側の「過失」「因果関係」の認定に直接関係ないように思われる、会社の組織体制やプロセスまで詳細に認定される状況を考えれば、全体的な考察の重要性がかなり高まっているからです。
 このことから、これが訴訟本来の姿のようにも思いますが、裁判とは、原告と被告、あるいは検察と弁護人、どちらのストーリーがより具体的で、合理的で、腑に落ちるのか、という問題です。つまり、対立するストーリーの選択の問題である、と心得るべきことが、この裁判例で確認されたように思われます。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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