判例

労働判例の読み方「同一労働同一賃金」【学校法人産業医科大学事件】福岡高裁平30.11.19判決(労判1198.63)

0.事案の概要

 この事案は、任期を1年とする有期契約を30年以上にわたって更新してきたXが、無期契約者との間に不合理な相違を理由に、病院Yの処遇が労契法20条に違反すると主張したものです。1審はXの主張を否定しましたが、2審は一部肯定しました。
 判断枠組みについては、最高裁判例が示したもの(単に金額を比較するのではなく、当該雇用条件の趣旨から個別に検討する、等)を踏襲しており、ほぼ定着したようですので、特に検討しません。

1.比較対象と比較方法

 この裁判例で注目されるのは、雇用条件についてXと対比されるべき無期契約者(比較対象)を明確に設定できない状況であるにもかかわらず、雇用条件の相違が不合理と認定された点でしょう。
 すなわち、労契法20条が争われる多くの裁判例では、不合理を主張する有期契約者と同様の業務を行っている無期契約者を設定し、その有期契約者との違いの合理性を、雇用条件ごとに一つ一つ検証する方法が取られます。
 ところがこの事案では、Xの比較対象として適切な従業員が見当たりません。
 それでも、この裁判所は30年間も契約更新され、臨時的な従業員と位置付ける合理性が失われている点から、同時期に同種の業務を担当して、その後出世した無期契約者と比較して2倍の差がつくのは不合理である、と評価しました。
 そのうえで、平均的な無期契約者との差額3万円/月は、最低でも損害が認められると評価したのです。

2.実務上のポイント

 この事案のように、明確な比較対象がないかわりに、有期契約者の期間が30年にも及ぶ事例は、裁判例として例が少なく、ルールとして一般化するにはまだ早いかもしれません。
 けれども、一つの整理の仕方としては、①有期契約者と無期契約者で、同種の業務を担当している場合など、両者の雇用条件の相違を明確に比較できる場合には、その期間が短くても不合理性が認定されやすいが、②比較対象が明確に設定できない場合には、その期間が長かったり、その差が大きかったりする場合に限って、不合理性が認定される、という整理方法が考えられます。というのも、②比較対象を明確に設定できない、ということは、有期契約者と無期契約者の役割分担ができている、したがって処遇の違いの合理性も説明が付けやすい、と評価される可能性が高くなるため、不合理性を証明するハードルが高くなると考えられるからです。
 もっとも、これは一般的な傾向として予想されるものにすぎず、①同種の業務を有期契約者と無期契約者が同じように担当していたとしても、そこには明確で合理的な理由があり、処遇が異なる合理性が立証される場合もあれば、②無期契約者だけが担当する業務があり、有期契約者との役割の違いが認められても、本判決のように合理性が否定される場合もあるからです。
 とは言うものの、大きな傾向の違いを把握しておくことは、紛争解決や紛争予防の際、判断の方向性を誤らせないために有意義です。今後の動向について、大きな視点から整理する視点も重要と思われます。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
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