判例

労働判例の読み方「懇親会の喧嘩」【フーデックスホールディングスほか事件】東京地裁H30.1.22判決(労判1208.82)

0.事案の概要

 この事案は、忘年会の二次会で暴行を受けた元従業員Xが、加害者Y1と会社Y2に対して損害賠償を請求したものです。裁判所は、Yらの責任をいずれも認めました。

1.判断枠組み(ルール)

 前回2/27の裁判例(「A研究所ほか事件」横浜地裁川崎支部H30.11.22判決、労判1208.60)では、同じ従業員同士の喧嘩に関し、会社の責任が否定されましたが、この事案ではY2の責任が肯定されました。ここでは、Y2の責任の違いに絞って検討します。
 まず、法律構成です。
 昨日分は、使用者責任と安全配慮義務違反の両方について言及し、会社の責任を否定しましたが、本日分では、使用者責任だけに言及し、Y2の責任を命じています。これは、請求を認める場合には2つの法律構成のうち、Xが優先順位1番の請求である使用者責任によって請求を認めたため、優先順位2番の請求である安全配慮義務違反を検討する必要がないことによります(使用者責任が否定された細かい問題について、安全配慮義務違反の検討がされていますが、詳細は省略します)。
 使用者責任についてだけ比較することになりますが、判断枠組み(ルール)としては、前日分と概ね同じと言えるでしょう。すなわち、「事業の執行につき」と要件に関し、①事業の執行を契機とし、②密接な関連を有する場合である、という判断枠組み(ルール)を前日分では示していましたが、本日分では、①に言及はないものの、②への該当性が検討されています。では、①が無視されているのかというと、この事案の性質から敢えて言及するまでもないことから言及がないだけと考えられます。
 というのは、この忘年会は定年退職者や異動者の送別会を兼ねていたこと、営業終了後に開催されたこと、仕事が休みだったXまで含め、全員が参加していたこと、二次会も全員が参加していたこと、が認定されており、二次会の趣旨・態様のいずれも会社の業務に関連していて、会社の業務が契機となっていることは明らかだからです。また、「契機」という一時的な問題よりも、「密接関連性」という時間的継続性のある問題の方が、より重要性が高いと言えるでしょう。

2.あてはめ

 問題は、同じような従業員同士の喧嘩でありながら、昨日分では「事業の執行につき」に該当せず、本日分では「事業の執行につき」に該当することの相違です。裁判官ごとの個性やバイアスの問題であり、異なる裁判官に判断を任せているという構造に伴う止むを得ないブレの問題である、と結論付けてしまう前に、両方の判断を矛盾なく整理できるかどうかを検討します。
 そのため、本日分では、「事業の執行につき」に関連する検討は上記のとおり比較的簡単に済まされているので、他の個所で認定された事情も含めて検討します。
 まず、昨日分の1で指摘した視点、すなわち①外形と②実態の両面から整理してみましょう。
 昨日分では、①被害者となる従業員が指摘した、原告従業員の問題点は、コンセントを入れなかったという点ですが、これは原告従業員の業務ではありませんでした。これに対し、本日分では、①被害者となる従業員が指摘した、原告従業員の問題点は、原告の仕事ぶりであり、原告従業員の業務そのものです。つまり、外形上、①業務が契機になっている点が異なります。
 さらに、昨日分では、②喧嘩の原因が、業務外の個人的な嫌悪感情にあったことと認定されているのに対し、本日分では、②喧嘩の原因について、特に個人的な関係性には言及がなく、端的に、上記のとおりXの仕事ぶりへの注意と、これに対するXの反抗的な態度が原因とされています。仕事ぶり、というからには、日常的な問題でしょうから、業務に継続的に関係する問題であるといえるでしょう。つまり、実態としても、②業務との密接関連性が認められるのです。
 次に、昨日分の3で指摘した視点、すなわち、会社に何らかの原因があるのか、という点です。
 昨日分では、喧嘩をした当事者が、一方が入社してから僅か3営業日目、当事者の接触のあった時間も合計4時間程しかなかった時点での出来事であり、業務上のストレスなど、会社側の原因が考えられない事案でした。
 他方、本日分では、XとY1の接触がどれだけ継続していたのか認定されていませんが、日頃の業務態度を注意する程度の接触関係はありますから、少なくとも昨日分よりは相当接触が長かったはずです。しかも、Xの業務に取り組む姿勢を正したり、それによってY1も含めたチームの円滑な活動を作り上げたりするのは、会社が当然に行うべき事柄であり、このいずれも不十分だったとすれば、(それが法的責任とまではいわないが)会社にも少なからず原因があるところです。
 このように、昨日分で示した2つの切り口のいずれから見ても、昨日分と本日分での結論の違いは、合理的に整理可能なのです。

3.実務上のポイント

 同じ喧嘩でも、会社の責任が認められる場合があるのだ、という方向から見てみると、会社の責任が認められる場合とそうでない場合との境界線が分かりにくいかもしれません。一応、昨日分と本日分で、2つのヒントを提示してみましたが、これでも、言われてみればそうだね、と言える程度のヒントにすぎず、これですべての曖昧な事案に明確な結論を与えることは難しそうです。
 そうすると、実務上の見方としては、職場や会社のイベントで、従業員同士が喧嘩をし、一方が怪我をした場合には、それが全く会社業務と無関係であることが明白であるような特別な場合でなければ、会社も責任を免れない、すなわち、原則として会社は責任を負う、という覚悟をしておいた方が現実的、と考えた方が良いかもしれません。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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