判例

労働判例の読み方「過労死」【国・大阪中央労基署長(La Tortuga)事件】東京地裁令1.5.15判決(労判1203.5)

0.事案の概要

 この事案は、著名なレストランの調理師の心不全による死亡の原因が、「過労」であると主張する遺族Xに対し、業務起因性がないと労基署Yが判断した事案です。裁判所は、業務起因性を認め、労災を認定しました(Yの不支給処分を取り消しました)。

1.判断枠組み(ルール)

 最初に、どのような判断枠組みが採用されたのかを確認します。
 これは、従前から裁判所が採用してきた基準で、①業務に内在する危険が現実化して疾病にかかった場合を意味すること、②その有無は相当因果関係の有無によって判断されること、がその内容になります。
 その際、厚労省が示した「脳・心臓疾患の認定基準」が参考にされますが、本事案ではそのような認定基準の対象疾病に含まれていない疾病である点が、特徴になります。
 すなわち、「認定基準」に対象疾病が含まれる事案では、上記①②が直接問題になるのではなく、実際には、「認定基準」に該当するかどうかが判断枠組みとなります。例えば、「認定基準」では、疾病発症前の残業時間の45時間、80時間、100時間などの基準と、勤務状況を組みあわせ、過重負荷の有無を評価します。そこで、実際の訴訟では、残業時間がこれらの時間数を超えたかどうかが争点となり、裁判所も正面からこれらの時間数を認定しています。
 けれども、本事案では、「認定基準」が適用されません。
 だからと言って、それで業務起因性がないと判断したわけではありません。「判断基準」が無くても、業務起因性の認められる場合があり得るのです。
 また、「認定基準」が適用されないため、45時間、80時間、100時間などの残業時間の判断枠は示されていませんが、残業時間がストレスの大きさに大きな影響を与えることから、総残業時間が認定評価されています。
 つまり、「認定基準」の対象でなくても、上記①②を直接評価することで、業務起因性の有無を判断していると評価できるのです。

2.業務起因性(あてはめ)

 「認定基準」の対象であれば、例えば一定の残業時間を超える労働によって業務起因性が事実上推定されることになりますが、本事案ではそのような助けがないので、Xの証明の負担はそれだけ難しくなります。
 しかも、ストレスによる免疫力の低下と、それによるウィルス感染、心不全、という因果関係は、医学的に解明されていません。裁判所も、「業務外の事情が、本件疾病の発症に作用した可能性を排除することはできない。」と認定しています。
 このように、二重の意味で、本事案は業務起因性を証明することが難しい事案です。この点を踏まえ、裁判所も、「とりわけ慎重な検討を要する」と評価しているのです。
 その状況でも業務起因性を認めた理論構成は、以下のような構造になります。
 まず、約1年間にわたって、1ヶ月の平均残業時間が250時間という極めて長時間であることが認定されています。また、長時間の労働や過大なストレスが免疫力を低下させる点の医学的な研究や、それが死亡につながった可能性が高いとする複数の医師の見解も、事実として認定されています。
 そのうえで、①この長時間勤務が原因と考えられ、②長時間労働以外に、原因となる個別事情(遺伝的背景など)が認められない、として、業務起因性が認定されました。

3.実務上のポイント

 考えてみれば、「認定基準」も医学的に相当の理由がなければ対象にできません。全国の行政官が均質な判断をするための基準だからです。つまり、「認定基準」は、画一的な判断のためのボトムラインとなるべきもの、という評価も可能です。
 そうすると、この裁判例は、画一的な判断のための「認定基準」の機能の限界を、裁判所が埋めた、と評価することも可能です。
 けれども、このような裁判所の判断は、この裁判例に始まったことではありません。
 労基署が、例えば個別要素をそれぞれ独立して別々に認定するなど、「認定基準」を形式的に適用し、労災認定を否定した判断に対し、裁判所が総合的な判断を柔軟に行うことで、労災を認定した裁判例は、既に多数存在しています。
 「認定基準」を裁判所も尊重するようになったため、労基署と裁判所の判断がかなり近づいてきましたが、このような「認定基準」の枠割による限界や、行政官と裁判官の役割の違いなどを考慮すれば、両者のズレを完全になくすことも難しそうです。
 その意味で、労基署の判断を裁判所が検証する場面は、今後も失われないと思われます。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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