判例

労働判例の読み方「パワハラ・自殺」【さいたま市(環境局職員)事件】東京高裁平29.10.26判決(労判1172.26)

0.事案の概要

 この裁判例は、公務員が職場のパワハラによって自殺した、として公共団体の損害賠償責任を認めた事案です。実務上のポイントとして特に注目している点は2点あります。

1.公務員の労働関係

 公務員の労働関係は、民間企業の労働関係と様相が異なります。
 例えば、民間企業で従業員を解雇する場合には、解雇権濫用の法理が適用されます(労働契約法16条)。実際上、解雇の合理性を会社側が証明できなければいけません(条文上は、従業員側に証明責任があるように読めますが)。
 他方、公務員の免職は行政権の行使であり、行政権の濫用でなければ適法です。ここでは、解雇された公務員の側が、裁量権の濫用であることを証明しなければなりません。実際、「この程度で有効なの?」という、民間企業では考えられない雑な対応であっても有効と判断している裁判例も見受けられます。
 極端な例を示しましたが、労働者・公務員の地位、という立場で見た場合には、明らかに異質です。
 ところが、安全配慮義務など、「付随義務」に関する問題については、実質的に、両者は同じレベルで判断されています。この裁判例も、民間企業でのハラスメント事案と同じレベルの注意義務が、公共団体側に課されているのです。

2.不法行為法の役割り

 さらに、注意義務の程度が相当高くなっている近時の傾向を、この裁判例も示しています。
 すなわち、この事案では、うつ病の既往症と休職歴がある原告に対し、4月~7月にパワハラがあり、7月に加害者と業務を分けました。その後、職場で躁状態が認められ、1214日に体調が思わしくないという相談を上司が受け、その日のうちにクリニックを受診させました。医師は、直ちに休職を取らせるべきと判断し、診断書を作成したため、15日に出社した原告に対し、休職を命じました。しかし、原告自身が、仕事をしたい、と言ったり、休ませてほしい、と言ったりして揺れており、1221日、原告の父親と一緒にクリニックを受診させました。結局、22日から休職を命ずることにし、原告の父親に診断書の再作成を指示したところ、これを伝え聞いた原告が、自宅二階テラスで首を吊ったのです。
 上司の立場としてみれば、7月に加害者と仕事を分け、1214日までの間、原告の躁状態での言動はあったものの、正式に相談を受けたのが14日であり、その後はほぼ毎日、医師や家族と十分な連携を取って対応し、無理に休ませたり無理に働かせたりしないよう配慮していました。けれども、会社側に健康配慮義務違反がある、と判断されました。実際に人事管理を行う側としては、これ以上何をすればいいのか、と思うほど、丁寧に対応しているのに、です。
 では、なぜ健康配慮義務のレベルがここまで高くなってしまったのでしょうか。
 その最大のポイントは、不法行為法の役割りにあります。
 例えば、この裁判例では7割(原審では8割)の過失相殺がされています。注意義務は予見義務と回避義務から構成されており、いずれも、社会的相当性の観点から判断されますので、一般的に考えれば、原告側に7割や8割も過失があれば、被告はこれを予見・回避する可能性がそもそもない、という評価がされてもおかしくありません。けれども近時は、8割や9割の過失相殺も珍しくありません。
 これでは、予見可能性を確保し、自由な活動領域の限界を定める、という過失責任主義の意義が大きく損なわれます。
 けれども、不法行為法は「損害の公正な分配」のルール、とも言われます。この面を重視すれば、一般常識的に予見や回避が難しい事案であっても、それだけで請求を全て棄却するのではなく、一部だけでも認容する方が好ましい、という結論になります。この結論から逆算した結果、結果的に注意義務のレベルが上がってしまっても仕方がない、ということになるのです。

3.まとめ

 したがって、ハラスメントやメンタルに関する従業員との間の損害賠償に限って言えば、相当慎重に対応したとしても会社側が責任を全て免れることは無理です。
 そこで、それでも責任を全て免れるために無理な対応をするよりは、一定の金銭的な解決が必要ということを前提とした柔軟な対応を選択すべき場面が多い、と整理できるでしょう。

※ JILA(日本組織内弁護士協会)の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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