判例

労働判例の読み方「リストラ」【一般社団法人あんしん財団事件】大阪地裁平30.3.7判決(労判1177.29)

0.事案の概要

 この裁判例は、原告7名が全員、異動命令(転勤、降格など)を受けた後に休職に入ってしまった事案で、裁判所は、そのうち4名について異動命令を違法と評価し、それぞれの請求の一部を認容しました。

1.会社の組織、手続、経営施策などの詳細な認定

 この裁判例は、当該財団の不祥事から始まる業績不振、その後、新理事長の下での業務改革について、詳細に認定しています。特に、一方で大幅なリストラや、事務職者の戦力化、営業目標達成のための徹底した管理制度や教育、などが導入される一方で、コンプライアンスの徹底も行われ、残業時間を徹底的に減らす施策も実施され、残業が大幅に減ったこと、など、事件の背景事情が詳細に認定されています。
 伝統的な不法行為の問題としてみれば、過失や因果関係の認定に必要な事実だけ認定すれば良く、したがって、例えば原告従業員の健康状態や勤務状態、勤務能力、勤務意欲と、会社が与えた業務内容やその量、具体的な指示の状況など、原告従業員の健康状態に影響を与えた事情だけ認定すれば十分なはずです。
 ところが、会社側の状況や思索について、経営責任を検討するかのように、実に幅広く、しかも詳細に認定しているのは、労働事件の中でも、特にメンタルやハラスメントなど、健康配慮義務に関わる裁判例の傾向です。このように、従業員の健康被害が問題になる事案では、会社の人事政策全体まで考察の対象とされ、従業員の健康に日ごろから十分配慮しているかどうか、すなわち、会社の姿勢そのものが問われるのです。
 実務上のポイントは、従業員の健康問題が訴訟で争われると、会社の人事政策全てが問われることになり、その全てが判決理由中の判断の中で公開される点です。会社内で秘密にできる問題ではなくなっていますので、会社の、特に人事政策については、公開に耐えるもの、つまり世間に晒されて恥ずかしくない人事政策の実施が必要となっているのです。

2.労働法上の論点のオンパレード

 この裁判例では、原告の人数も多いことから、かなり多数の論点があります。
 簡単に確認しましょう。
 1つ目は、職種転換可能性です。特に事務系の職員については、実際には、配転や営業の現場に回されることなど想定されておらず、本人もそのような覚悟がない場合が多いようです。
 けれども、この裁判例では、①職種を限定する合意がない、という形式的な根拠に加え、②契約者数が半減するなどの未曽有の状況での改革必要性から、事務職系の職員の業務が削減されたり、派遣社員に振り向けられたりして、会社に残るためには営業系の業務しかない状況(整理解雇と似た状況)にあった、という実質的な根拠(就業規則の規定上、必要性が要件とされているようにも読める)も指摘され、配置転換可能性が肯定されています。
 実務上のポイントは、特に事務職系の従業員のように、会社も本人も補助的な業務と思っている従業員を、営業などの責任の重い業務に配置転換する際には、①職種限定特約のないことだけでなく、②配置転換の必要性相当性を説明できるようにしておくと、よりリスクが小さくなる点です。
 2つ目は、職種転換について、人事権の濫用の有無が検討されている点です。結果的に濫用はないと評価されていますが、そこで特に重視されるのが、例えば辞めさせるための嫌がらせの意図がなかった、など、「言ってることとやってることが違う」状況にないことを認定しています。
 実務上のポイントは、労働法上のリスクの多くが、会社の本音と建前のズレに基づく施策であり、そのように誤解されない合理的な理由を常に確認しながら、人事上の措置を講じていくべき点です。
 3つ目は、転勤可能性です。勤務地の限定についても、検討する事情は異なるものの、1つ目と同様、会社の状況を詳細に分析し、転勤可能性を肯定しています。実務上のポイントも同様です。
 4つ目は、降職降格の合理性です。特に、それまで処遇が上がることはあっても下がることのなかった財団で、降職降格について、従業員に対し何度も研修や説明を行った点などが認定され、制度の導入自体は有効とされています。
 実務上のポイントは、従業員にとって不利益な面もある制度変更の場合には、丁寧に説明を重ね、理解してもらう機会を十分設ける必要がある点です。
 5つ目は、転勤について、人事権の濫用の有無が検討されている点です。この点で、原告のうちの一部の請求を認容しているので、重要な問題です。
 ここでは、2つ目の問題と同様、「言ってることとやってることが違う」かどうか、という論点に加え、介護すべき家族がいるのに財団の配慮が足りない、など、従業員それぞれの生活に対する使用者側の配慮の不足が問題となっています。
 6つ目は、厳しい人事考課の合理性です。特に注目されるのは、社内の派閥抗争に関わって、転勤を好まない従業員に休職させるなど、秩序破壊的な行為を人事考課上マイナスに評価することを是とした点、仕事の能率が悪く、残業を減らせなかったことを人事考課上マイナスに評価することを是とした点、です。
 実務上のポイントは、これらの事情をマイナス評価の際に考慮できる、という点です。多くの裁判例で、このような事情は十分な裏付けが示されず、会社側の言いがかりと言わんがごとくの評価がされることが多く、会社としてこのような事情を加えて考慮することについて、一種のためらいがあるかもしれませんが、しっかりと事実と記録に基づいて証明できるのであれば、マイナス評価の事情に加えることが可能なのです。
 7つ目は、休職から復職する際の降格の合理性です。復職と言っても、完全な状態で復職するわけではありませんので、リハビリも兼ね、軽い業務から従事させることは、従業員の健康状態に対する配慮としても好ましいところですが、それに合ったレベルに降格することの合理性が認められた点で、休職者の復職時の対応方法について、会社側の選択肢が広がる、と評価できるでしょう。

3.おわりに

 もともと当事者が多く、論点も多いところに、会社の人事施策を詳細に検討しているため、実際に認容された請求金額の大きさに比べると、随分と大部な裁判例です。
 この全体を通して言えることは、裁判所は論点の一つ一つを、実に丁寧に認定する、という点です。子供の喧嘩であれば、「みんな持ってるよ」「みんな言ってるよ」など、非常に漠然とした口実(みんなとは誰なのか、具体的にどのように言っているのか、がさっぱり分からない)が用いられますが、訴訟では、より具体的な事実や証拠により、できるだけ具体的な情景をイメージできるように主張立証する必要があるのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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