判例

労働判例の読み方「試用期間」【社会福祉法人どろんこ会事件】東京地裁平31.1.11判決(労判1204.62)

0.事案の概要

 この事案は、社会福祉法人Yが、即戦力の管理職、すなわち幹部職員として採用したXについて、その期待に応えられないとして本採用を拒否(解雇)したところ、Xが雇用契約の存在の確認を求めた事案です。裁判所は、Xの請求を棄却しました。

1.判断枠組み(ルール)

 試用期間後の本採用拒否は、自由にできるものではなく、社会通念上相当な場合に限られます。一種の解雇だからです。もちろん、通常の解雇の場合よりも、会社にとってそのハードルは下がりますが、合理性は必要なのです。
 他方、Xは即戦力の管理職、すなわち幹部職員として採用されたため、求められる能力の水準は高くなりますから、その分だけ逆に、会社が本採用拒否する場合のハードルは下がります。
 ここでは、適格性の問題と、プロセスの問題について注目します。

2.適格性

 Xの請求が棄却されたのは、Xに幹部職員としての適格が無いと評価されたからです。そして、その最大の理由は、実際の勤務態度や、引き起こしたトラブルなどの具体的なエピソードの数々です。
 すなわち、Xは、入社後一ヶ月で自宅待機命令が出されており、そのわずか短期間でよくここまでトラブルを起こしたものだ、と変に感心してしまうほど、多数のエピソードを残しています。
 しかし、いくら「経営陣との軋轢を恐れない」ことや、大胆な意見具申と改革提案が期待されていたとしても、会社の組織運営を壊すことが許されるわけではありません。むしろ、部門を任された管理職者であり、まずは任されたチームのリーダーとしてチームを束ね、その力を発揮させることが期待されており、その中で改革を行わなければなりません。評論家のような無責任な意見を述べることが、意見具申や改革提案ではなく、自ら業務の中で実践しながら行うことが要求されるのであって、その意味で決して簡単なことではなく、本当に意見具申や改革提案するには、相当の能力や裏付けとなる事実が必要となるはずです。
 ところが、Xの言動は、リーダーとしての自覚に欠けるもので、自分のチームのメンバーに対する批判なども含め、協調性が著しく欠けるものです。また、Xは、意見具申や改革提案などについては、人材登用の在り方に関するものと言うものの、結局、Xの高圧的・威圧的な態度そのものであって、かえってYの社内を混乱させるだけであり、むしろ、Yの事業に不正があったなどの経営批判を公然とするありさまでした。
 さらに、Xは履歴書には、随分前に辞めた業務を係属しているように記載したり、トラブルによってほとんど勤務実績がないのに勤務先として記載したりするなど、履歴書に虚偽・不適切な記載もされていました。
 これらの事情を見れば、Xが幹部職員としての適格性のないことは明らかでしょう。

3.プロセス

 他方、Xは、①懲戒処分のプロセスや、②改善指導のプロセスが無かったことを問題としています。
 けれども、①について、裁判所は、本採用拒否は懲戒処分ではないこと、を理由に、これを不要としました。②についても、1)Xが、即戦力として好待遇で採用されたこと、2)短期間で相当数のエピソードがあること、3)雇用条件も、虚偽の経歴が前提であること、などから、これを不要としています。
 労働法上のリスクを減らすために、会社側は、多くの場合適切なプロセスを踏む必要がありますが、この事案では、そのような配慮が不要とされるべき事案だったのです。

4.実務上のポイント

 いわゆる「ハイスペック」の従業員の中途採用で、採用したところ期待外れだった、ということに起因するトラブルは時々発生します。
 それを未然に回避する方法は、人材採用の際の人を見る目にかかっていますが、そのほかにもこの事案から、いくつかのヒントが見えます。
 1つ目は、履歴書の確認です。
 この事案で、Xの様子が、履歴書での記載から見るとあまりにもおかしいと感じたYが、調査会社を使って調べたところ、上記のような履歴書の虚偽内容が判明しました。中には、履歴書に記載するべき事案とは言えないかもしれないけれども、以前所属したいくつかの職場でトラブルがあり、短期間で転職を繰り返したという事実も判明しました。
 もし、採用面接の際に短期間での転職がくり返されている理由の説明を求めておけば、そこでの説明が事実に反する場合には、経歴の虚偽申告の事実が1つ追加されることになります。また、上記の勤務実績のない勤務先の記載についても、当該勤務先で実際にどのような業務を行ったのか、という職務経歴まで確認しておけば、やはり虚偽の申告や過剰な申告という事実が1つ追加されたでしょう。
 このように、特にハイスペックな従業員の中途採用時には、履歴書の内容を確認することが重要です。
 2つ目は、業務改善のプロセスです。
 いざ、トラブルになった場合に、会社側が尻込みする事情の1つに、何か改善の機会を与えるために、仕事を与えないといけないのだろうか、という疑問があります。
 けれども、一定のスキルや経験が採用の前提となっていることが明らかなこの事案では、そのような改善の機会を与える必要性が否定されました。
 このように、一定のスキルや経験が採用の前提になっている場合には、その旨を明確に従業員にも伝えて認識を共有し、記録に残しておくべきです。もちろん、採用募集の資料などにもそのことが記載されているでしょうが、採用募集時に期待した条件にピタリとハマる人がおらず、複数の候補者のスキルや経験を比較しながら絞り込む場合などは、最終的な採用決定の際、その従業員のスキルや経験の何が特に重要となったのかが本人に伝わっておらず、記録にも残されていない場合があります。そうなってしまうと、会社は業務改善のプロセスが不要である、という主張がしにくくなってしまいます。
 このように、特にハイスペックな従業員の中途採用時には、その中でも特に重要で、採用の前提となるスキルや経験を明確にして従業員と確認し、記録を残しておくことが重要です。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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