判例

労働判例の読み方「パワハラ」【A住宅福祉協会理事らほか事件】東京地裁平30.3.29判決(労判1184.5)

0.事案の概要

 この裁判例は、特定の従業員(被害者)に退職を強要するようなパワハラが繰り返された、との被害者の主張に対し、その一部を認容し、加害者2名についてそれぞれ40万円、使用者である協会について50万円の支払いを命じたものです。
 ここでは、パワハラの認定についてポイントを指摘します。

1.検討対象

 まず、検討対象です。
 永年に及ぶ言動を全て一体とするのではなく、分けて検討します。
 しかし、発言一つひとつをバラバラにするわけではなく、同じ機会の一連の発言であればその範囲で一体として検討します。
 発言一つひとつをバラバラに見ることの問題は、マスコミ報道などでも見受けられるところで、本来の意味や影響力と異なる評価がされる危険が高まりますから、一連の発言を一体として評価する方法は合理的です。
 この事案では否定されましたが、このような問題意識から見れば、「環境型セクハラ」同様の状態、すなわち職場にいるだけで過剰なストレスを常に受け続ける状態であれば、そのような状態が継続する間を一体として評価すべきでしょう。

2.評価方法

 次に、評価方法です。
 ここで、被害者側の主張の多くが否定されましたが、その中でも認められたものの多くは、(判旨を読む限り証拠が省略されているので、正確なことは分からないのですが)おそらく、加害者との会話が録音されていたものです。別紙15として、詳細な会話がそのまま裁判所認定の記録として添付されており、その証拠としての信用力について、特に記録の経過などの認定をしていないからです。
 そうすると、会社としては録音させなければ良いのか、と短絡的に考えるかもしれませんが、話はそれほど簡単ではありません。
 すなわち、一方で、別紙以外の会話でもハラスメントを認定している部分があり(第三者の証言がある場合等のようです)、他方、別紙があってもハラスメントを否定したものもあるからです。
 この点で、かつてのハラスメントの議論を簡単に紹介しましょう。
 1つ目は、犯罪被害者の心理です。犯罪被害者は、加害者に対して迎合的な言動を取ることがあるので、犯罪被害者にとって有利に事実認定すべきである、という評価です。例えば、実際に強姦被害者の調査を行った結果、怪我を少しでも軽くするために、加害者による手荒な言動を控えさせるために、被害者が迎合的な言動を取ったとしても、それを真意に基づく同意と評価してはいけない、というロジックです。
 2つ目は、過剰な被害者の心理です。例えば、自意識が強い人や、加害者への生理的拒絶感の強い人は、通常の人よりも誇張して、例えば目があっただけでも「いやらしい目で見ていた」などと証言してしまうので、割引いて評価しないといけない、というロジックです。
 この両者は、被害者の証言の評価という観点から見た場合には、全く逆に作用します。つまり、1つ目のロジックでは、被害者の証言の信頼性をより高く評価すべきことになりますが、2つ目のロジックでは、逆に、被害者の証言を割引いて評価することになるからです。
 さて、この事案ではどうでしょうか。
 実際に証拠を見ていないし、引用された証拠が何なのかも分からないので、正確なところは分からないのですが、この裁判例では、少し2つ目のロジックに寄っているようです。録音や第三者の証言がある場面では、被害者の証言を採用していますので、2つ目のロジックを徹底しているわけではないのですが、永年の相互不信を背景にした証言である、という事情を考慮したのか、録音や第三者の証言のない部分では、被害者の主張をほとんど採用していないからです。2つ目のロジックに近い傾向が見受けられます。

3.実務上のポイント

 この裁判例では、被害者の証言に対して比較的厳しい様子が窺われますが、それが全てではありません。例えば、被害者が我慢するタイプの場合には、上記1つ目のロジックが強くなりますので、録音や第三者の証言がなくても、会社側に不利な判断がされる可能性があります。
 この裁判例を都合よく解釈し、録音や第三者の証言さえなければ良いのだ、ということが常に通用するのではなく、むしろ、録音や第三者の証言のないことが会社にとって不利益に働く事案もあります。
 結局、証拠のレベルでどのように体裁を整えるか、が問題なのではなく、ハラスメントにならないようなコミュニケーションの在り方を心がけることが、リスク対策上重要なのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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