判例

労働判例の読み方「パワハラ・自殺」【ゆうちょ銀行(パワハラ自殺)事件】徳島地裁平30.7.9判決(労判1194.49)

0.事案の概要

 この事案は、職場のハラスメントで従業員Aが自殺したと主張する遺族Xに対し、裁判所が、会社Yの損害賠償責任を認めたものです。

1.不法行為責任と債務不履行責任

 この事案で最も注目されるのは、Yの不法行為責任は否定しつつ、債務不履行責任は肯定した点でしょう。
 というのも、多くの裁判例で、例えば「不法行為又は債務不履行に基づく」責任などのように、両者の責任を区別せず、同様のものとして位置付けることが多いからです。
 そこで、この裁判の内容を整理しましょう。
 まず、不法行為責任です。
 A(主任)の先輩のG(主査)とH(主査)による厳しい叱責は、本人のミスや業務上の言動に対するもので、人格的非難はなく、「業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものであったとまでは認められない」としています。
 他方、債務不履行責任です。
 Aが追い詰められていたことについて、上司(係長)であるDFAGHのすぐそばで仕事をしていた状況や、Aが異動を希望していたことを知っていたこと等から、Aの体調不良や自殺願望を知っており、それを回避できたとして、Yの責任を認めました。DFは、Yの「補助者」としてAの心身の健康を損なうことのないように注意する義務があった、というのです。

2.検討

 この両者を比較すると、いくつかのポイントが見えてきます。
 1つ目は、主体です。
 多くの事案では、ハラスメントの加害者と、管理監督者が一致します。
 他方、この事案では、ハラスメントの加害者と、管理監督者が一致しません。このことが、不法行為責任(=加害者の責任)と債務不履行責任(=管理監督者の責任)を分ける出発点となります。
 2つ目は、義務の内容です。
 ここで、不法行為責任について裁判所は、「指導の範囲を逸脱」したかどうかを問題にしています。ここから、指導と無関係では駄目で、しかも、指導と関係があってもその程度や態様が合理的であることが必要であることがわかります。
 他方、債務不履行責任については、疲労や負荷が蓄積してその心身の健康を損なうことのないように注意する義務がある、としています。ここから、指導が合理的かどうかと関係なく、従業員のストレスの程度などに注意する必要のあることがわかります。
 3つ目は、義務の程度です。
 この点は、見方によって評価が分かれますが、叱責そのものについては、かなり厳しい言動があっても合理的とされることから、「指導」等の合理性がある場合にはハードルが低いのに対し、健康管理については、従業員自身が外部通報や内部告発をしなくても、近くにいる上司が気づかなくてはいけない、という意味で、ハードルが高いように思われます。

3.実務上のポイント

 これまでも、ハラスメントによってメンタル問題が生じた事例は多くあり、複合的で難しい判断がされていますが、ここで示された判断枠組みは、ハラスメントの問題とメンタルの問題を整理するうえで(これが正解かどうかはともかく)役に立ちます。
 特に重要なのは、指導として合理的だからハラスメントではなく、したがってメンタルの問題も生じない、と簡単に判断することができない、という点でしょう。
 指導と管理は一体のものですが、しかしここで示されたように、別々に評価される場合がありますので、制度や運用として一体のものであっても、異なる視点(指導としての合理性、健康への配慮)から二重に検証するようにして、トラブルを未然に回避しましょう。
 ところで、メンタルの問題について、ここでは安全配慮義務違反の問題と位置付けていますが、理論的には、こちらも不法行為責任と位置付けることも可能でしょう。すなわち、教育指導との関係では、違法性が無い(阻却される、正当行為である、など)が、メンタル問題との関係では、違法性が有る、という判断構造です。保護法益ごとに違法性の判断基準が異なることは、理論的にはあり得るからです。
 とは言うものの、このような技巧的な理論構成にするよりは、この裁判例が示した、そもそも責任の性質からして違うのだ、という理論構成の方が、わかりやすいので、この裁判例の理論構成にも、その意味で合理性があると評価できます。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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