判例

労働判例の読み方「整理解雇」【学校法人大乗淑徳学園(大学教授ら・解雇)事件】東京地裁令1.5.23判決(労判1202.21)

0.事案の概要

 この事案は、大学(Y)の学部再編に際し、閉鎖される学部の教授など(X)を解雇したことが、解雇権の濫用に該当するなどとして争われた事案です。裁判所は、Xの請求を一部認め、教授などとして従前の地位にあることを確認しました。

1.判断枠組み(ルール)

 最初に、どのような判断枠組みが採用されたのかを確認します。
 ここでは、いわゆる「整理解雇の4要素」と言われる判断枠組みが、ベースとして採用されています。
 これは、「人員削減の必要性、解雇回避努力、被解雇者選定の合理性及び解雇手続の相当性」の4つの要素を総合的に判断して、解雇権の濫用の有無を判断する、という判断枠組みで、昭和時代の最高裁判例以来、一貫して採用されてきたルールです。
 けれども、この裁判例では、この判断枠組みがベースになっているものの、実際の判断にあたっては少し修正されています。
 すなわち、「本件においては、原告らの再就職の便宜を図るための措置等を含む諸般の事情をも総合考慮して」判断することとされたのです。
 具体的には、次の「あてはめ」のところでこの判断枠組みが形になってあらわれてきます。
 そこでは、①人員削減の必要性、②解雇回避努力等、③解雇手続の相当性の3つのグループに整理して検討されています。この②解雇回避努力等の中に、上記4要素の2つ目(解雇回避努力)と3つ目(被解雇者選定の合理性)に、追加された「再就職の便宜」等も含まれているようです。
 かつては、この「整理解雇の4要素」を万能の判断枠組みとして捉えていたのか、かなり無理してこの4つの要素そのままに事案を当てはめていた裁判例が多く見かけられました。中には、この4つを独立した4つの要件のように位置付け、それぞれが「立証」されることを要求するような裁判例もありました。
 しかし最近は、事案に即した判断枠組みに修正する裁判例が多く見かけられます。
 そしてこの裁判例も、4つという数字に対する拘りすら全くありません。しかも、他の学校への再就職の便宜を図ったというYの主張を裁判所も正面から受け止める(結局、その主張の合理性は否定されたが)ために考慮すべき事情を追加しています(再就職の便宜)。その上で、関連性が高く、敢えて分けて検討する必要もない事情を統合して、3つのグループに整理しているのです。
 結局、解雇権の濫用を評価するための諸事情を整理するところから始まったのが「整理解雇の4要素」ですから、本来の姿に戻ってきただけのことです。4つの要素を4つの要件にしたところで、それが従業員側と使用者側のどちらに有利になるのか、という問題でもなければ、実態に合わない4要素を無理してあてはめることで帰って判断を歪める危険もあります。
 したがって、この裁判所のように、「整理解雇の4要素」という言葉を全く使わず(但し、同じ言葉を利用することで、過去の裁判例を尊重している姿勢を示している)、実態に合う判断枠組みを立てたうえで検討する、という裁判例が増えてくるように思われます。

2.人員削減の必要性(あてはめ①)

 まず、学部の整理と解雇の必要性に対する裁判所の評価が、非常に参考になります。
 裁判所は、当該学部の学生の少なさから、学部廃止の判断自体は「不合理ということはできない」と評価しています。他方、学校全体での収益はむしろ良好であり、Xが担当できる科目は他の学部に多数存在すること、学部廃止についてXに責任がないこと、等から、解雇以外の方法もあった、という評価を下しています。
 ここで特に注目されるのは、学部廃止の判断の合理性と、X解雇の合理性を分けて評価している点です。学校全体での収益が良好なのだから、学部を廃止するな、というわけではなく、そこの点では大学の経営判断に対する理解が示されています。
 他方、自分の経営の失敗で学部を無くすのに配転などの配慮をしない点を、問題と評価されています。
 解雇権濫用の有無は、会社側の事情と従業員側の事情を天秤の両側に載せて、バランスを取る形で評価されますが、ここでも、XYの事情が比較されていることを確認できます。

3.解雇回避努力等(あてはめ②)

 ここで特に注目されるのは、Xの専門性です。
 一方で、大学教員として採用されたものであって、その意味で職種の限定があると評価しており、事務職としてなら従前の処遇で雇用継続するというYの提案の合理性を否定しています。
 他方で、(これは上記①の中で評価されていることですが)採用した学部や専門とする学問領域に限定せずに、配置転換などについて配慮するべきである、という評価も加えています。
 つまり、いわゆる「職種限定合意」について、「教員」という意味での職種限定合意は認められるものの、「専門領域」という意味での職種限定合意は認められませんでした。解雇の場面で見た場合、さすがに教員以外の事務職は問題であるものの、厳密には専門領域でなくても、対応可能な科目の教員であればまだ「マシ」ではないか、という評価でしょうか。「一部無効の法理」で示される裁判所の評価(無効事由があるとき、全部を無効にしてしまうよりも、一部でも有効なほうがまだ「マシ」と普通の人であれば思うのであれば、一部有効にしよう、という評価)と共通する評価です。
 したがって、たとえばこれが、解雇の場面ではなく配置転換の場面になると、結論が異なったかもしれません。なぜなら、そこでは、この事案と異なり職を失ってしまう、という状況ではなく、単純に「約束した職種」は何だったのか、という問題だからです。

4.実務上のポイント

 さらに、この事案で気になる点は、YXをこの機会に追い出してしまいたいと思っていた様子がうかがわれる点です。
 すなわち、Yは、新設学部の教員募集終了後に、問題となっている学部の閉鎖を発表し、教員達の新設学部への応募の機会を奪うなどの事情を指摘し、「意図的に解雇を回避する機会を失わせ、原告らを淑徳大学から排除しようとした疑いを払しょくできないところである」と、裁判所自身がわざわざ明言しているのです。
 もちろん、このようなYの悪質性が証明されたわけではありません。
 しかし、いくつかの事情を判断枠組みの中で整理し、総合的に評価する中で、Yの悪質性を疑わせる状況があれば、それ以外の事情の評価に影響が出てきます。すなわち、YXの雇用継続や転職のために協力し、十分配慮した、ということについて、より高いレベルでの対応が必要になってくるのです。
 このように、総合判断、という判断枠組みは、ある要素についての判断が、他の要素の判断に影響を及ぼす点に特徴があります。ここでの、Xを追い出そうという意図があったのではないか、という「疑い」が、Yとしてもっと配慮すべきだった、という形で、他の要素に影響を与えるのです。
 労働法の分野で、本音と建前のズレは、非常に大きなリスクになります(偽装店長、サービス残業、辞めさせ部屋、偽装派遣、など)。ここでも、もし裁判所の疑っているとおりであれば、「偽装整理解雇」とでも言える状況になります。
 したがって、従業員にとって厳しい処分を下す場合には、その建前上の理由と、背後にある本音の間にズレがある、したがって事案として悪質である、と疑われないように十分配慮し、余計なリスクを増やさないように注意が必要です。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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