判例

労働判例の読み方「減給」【ジブラルタ生命労組(旧エジソン労組)事件】東京地裁平29.3.28判決(労判1180.73)

0.事案の概要

 この裁判例は、労働組合に雇用された従業員の給与が、会社合併に伴う労働組合の合同に際し、大幅に減額されたことの当否が争われたもので、裁判所は、給与の差額分と、慰謝料の支払いを、労働組合に命じました。

1.どこが参考になるのか

 組合の紛争なので、会社経営に関係ないと思う方がいるかもしれませんが、この裁判例で争われた論点は、会社経営でも問題になり得るものです。
 たしかに、本来は会社の人事政策上の問題を指摘し、正していくべき労働組合が、逆の立場、すなわち、使用者として、労働組合専属の従業員の処遇の問題を指摘される立場に立たされていますので、状況を理解するのに手間取るところがあります。
 けれども、労働組合を会社に、労働組合の合同を会社の合併や事業譲渡に、それぞれ置き換えれば、会社の組織再編に伴う従業員の処遇変更の問題として、会社経営の参考になるのです。
 したがって、ここでは「会社」「従業員」という言葉で、この裁判例を検討しましょう。

2.何が問題になるのか

 合併によって一緒になる他の会社の従業員の処遇に合わせるために、従業員の処遇の良い方の会社の処遇を下げることは、時々聞かれることです。
 その際、どのような論点が生じるのか、この裁判例で議論された論点を見ておきましょう。
 1つ目は、労契法8条です。
 「就業規則」と称する規定が存在せず、したがって、労契法10条は適用されず、個別の労働契約の変更の問題である、すなわち労契法8条の問題である、と従業員が主張しました。
 これに対して、裁判所は、「就業規則」という名称の問題ではない、として、「書記局規則」「組合書記局人事制度」を労契法10条の「就業規則」と認定し、労契法10条の検討が行われました。
 2つ目は、労契法10条ただし書きです。
 これは、「就業規則」があっても、それによっては変更しない合意がある場合の特例です。従業員が、そのような合意があったことを主張しましたが、裁判所は、そのような合意の存在を否定しました。
 3つ目は、これが最大の論点ですが、労契法10条本文です。
 これは、就業規則の変更がどのような場合に許されるのか、という問題です。特に、従業員の処遇が悪くなる変更(「就業規則の不利益変更」)の場合には、従業員側、会社側それぞれの事情のほか、プロセスなどを総合的に判断しますが、この裁判例もそのようなルールを採用しています。
 この事案では、給与(基本給42万円)の3割が減額され、従業員側のインパクトが大きいこと、他方、合併によって処遇をそろえる必要性は小さいこと、プロセスも不十分なこと、などを主な理由として、裁判所は、処遇の変更を無効としました。そのうえで、裁判所は会社に対し、従前の処遇との差額の支払いを命じています。
 4つ目は、慰謝料(民法709条)です。
 従業員が頑固であったことや、差額を補填するための一時補給金が合計200万円近く支払われていたことを差し引いても、会社の誘導の仕方が強引だった、などとして、裁判所は会社に対し、30万円の慰謝料の支払いを命じました。
 退職勧奨の場合には、慰謝料を認める裁判例が多く見かけられますが、減給の場合の慰謝料は、あまり事例がないように思われます。一般に、金銭債務の不履行では慰謝料請求が認められませんが、その一般的な状況にあるのです。

3.実務上のポイント

 特に、3つ目のポイントについて、いくつか指摘しておきましょう。
 まず、減額幅です。
 総合判断ですので、金額だけが独り歩きしてはいけませんが、減額幅が3割を超えれば危険領域、と言われることがあり、この裁判例もその例に加えられます。
 次に、プロセスです。
 従業員に何回も説明すればいい、というのではなく、合理的な内容(不合理なので、慰謝料が命じられた)で、納得してもらえるような相当の努力が必要、ということになります。
 ただ、本件は控訴されているようです。会社としては、特に3つ目のポイントを中心に争うでしょうから、この点に関する高裁の判断が注目されます。

※ 資料(労働契約法8条~10条)
(労働契約の内容の変更)
第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
(就業規則による労働契約の内容の変更)
第九条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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