判例

労働判例の読み方「従業員性」【佐世保配車センター協同組合事件】福岡高裁平30.8.9判決(労判1192.17)

0.事案の概要

 この事案は、従業員だったXが理事となった後に、理事を解任されたものです。Xは、従業員としての地位が存続すると主張し、裁判所もその主張を認めました。

1.従業員性(労判36頁左下~37頁左上)

 ここで、まず注目されるのは、理事になる際に従業員でなくなることが決められているとしても、実際に従業員でなくなっているかどうかは、その契約上の文言ではなく、実態に即して判断されている点です。いわゆる「従業員性」の問題ですが、従業員であるかどうか、という局面だけでなく、従業員で無くなったかどうか、という局面でも、同じくその実態を見ている点が、新鮮です。
 問題は、どのような事情から、「従業員性」を判断しているのか、という点です。
 この裁判例では、大きく2つの観点から「従業員性」を評価しています。
 1つ目は、従業員時代と同じ点の検討です。具体的には、①他の理事と異なり役員でない、②同じ業務を担当、③給与や手当が全く同じ、④退職金支給無し、が指摘されています。
 2つ目は、従業員時代と変わったとする会社側主張の否定です。特に注目されるのは、理事の実態をある程度説明できているものの、理事であることと従業員であることが両立しないとは言えない、として会社側の主張を否定している点です。
 この2つのポイントから、従業員性を否定するためには、従業員時代と異なることだけでなく、より積極的に、従業員とは両立しない立場であることの証明が必要、というように見えます。
 そして、そのうえで理事の解任は従業員の解雇とならない、という結論を導いています。従業員の解雇を合理化する事情がないことを最終的な理由としていますので、理事には適用されない解雇権濫用の法理の要求する解雇の合理性がなかった、ということになります。

2.債務負担

 さらに、当該理事が、経営上の損失を負担したことについて、1審は返還請求を否定したのに対し、2審が返還請求を肯定した点が、注目されます。
 すなわち、1審では、当該理事が任意に損失補填のための支払いを継続した点などから、当該理事が任意にこれを支払った、と評価しているのに対し、2審では、わざわざ多額な負担をすることが「自由意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえない」と評価しています。
 この2審判決は、従業員が自分に不利益な処分行為をする際には、民法上の意思表示よりもより高いレベルの「真意」が必要、とされる最近の労働判例の傾向に合致するものです。ここで引用した表現は、日新製鋼事件(最判平2.11.26労判584.6)の表現と同じですので、この判例が規範として引用されていると評価できます。

3.実務上のポイント

 上記2つのポイントいずれについても、特に目新しい理論が述べられているわけではありませんが、いずれも、具体的にどのような事実に基づいて認定されているのかが、実務上参考になります。
 すなわち、理事になったからと言って自動的に「従業員性」が失われるわけではなく、そうすると、従業員として当然には負担するべきではない損失補填の負担について、従業員として納得して負担したと言える事情が無かった、というロジックの流れです。2審判決の表現を見ると、それぞれ「従業員として」合理的なのか、という観点から事実を評価しているように思われます。
 したがって、実務上は、従業員を役員にし、従業員としての立場を終了させる場合には、従業員としての立場がなくなったことを積極的に説明できるようにし、さらに、役員としての責任を負わせる場合には、仮に従業員としても責任を感じるはずであること、等を検証して確認しておくべきでしょう。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
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