判例

労働判例の読み方「パワハラ」【プラネットシーアールほか事件】長崎地裁平30.12.7判決(労判1195.5)

0.事案の概要

 この事案は、長期間に亘って厳しい叱責を受け続けた結果、適応障害を発病して休職することになった従業員Xが、会社や上司(併せてY)の責任を追及したもので、裁判所はYの責任を認めました。

1.事案の特徴

 この裁判例で特に注目しているのは、上司の指導が、許容される水準を超えたと認定されたポイントです。結論的には、指導教育は、問題を改善するために行うものですが、この事案での厳しい叱責は、問題を改善することにならない、ということが、最大の理由のようです。具体的に分析してみましょう。
① 時間外の営業部門との会議
 これは、上司が営業部門と掛け合っても改善できない問題です。にもかかわらず、上司はXを厳しく注意指導し、それによってXを板挟みにしました。厳しい叱責は、Xの業務改善に役立ちません。
② 短時間での目標達成
 業務負担が増加する中で、短時間での目標達成を迫っていますが、Xの努力だけで解消しがたいことから、これも、Xの業務改善に役立ちません。
③ 叱責中のXの目つきや態度が気に食わない
 業務そのものへの指導ではなく、Xの業務改善にとって間接的な効果しかありません。
④ 過去に叱責した問題の蒸し返し
 過去の問題が改善されない場合であれば、指導教育の意味もあるでしょうが、単なる蒸し返しは、改善意欲を損なうなどのマイナス効果もあり、Xの業務改善に役立ちません。
⑤ 叱責対象を告げないまま叱責
 Xが何に対して叱責されているのか理解できないとさらに叱責しており、裁判所が「もはや叱責のための叱責と化し」ていると評価している状況では、Xの業務改善に役立ちません。
⑥ 長時間の叱責
 Xの業務改善に対するマイナス効果も想定されます。
 この他にも、解雇をチラつかせたり、業務から排除したりした点が、「業務指導の範囲を逸脱するいじめ行為と評価せざるを得ない」という評価につながっています。
 このように見ると、裁判所は「業務改善に役立つ」かどうかを明示していませんが、「業務改善に役立つ」かどうかという評価には、事実認定の上で、一定の合理性が有るように思われます。

2.Yの責任

 ここでは、このハラスメント(いじめ)に関する範囲に限定しましょう。
 それでも、Yは、Xの通院療養のための費用に加え、①Xが休職した期間中の給与相当額のほか、②精神的苦痛に対する慰謝料の支払いが命じられています。
 このうち、①は民法5362項が根拠とされ(Yの責任による履行不能)、休職期間中は無給とする規定は、Yに責任がある場合に適用されない、と判断しています。
 また、②は、250万円(+10%の弁護士費用)の支払いが命じられています。金額的に安いと感じる人がいるでしょうが、物理的な損害(費用と①)が賠償されるときの慰謝料は、極めて低額で、3桁になる場合は相当悪質な場合だ、という感覚があります(何人かの弁護士に聞いてみた感触でしかないのですが)。その意味で、この金額は極めて高額、と評価できるのです。

3.実務上のポイント

 労働判例の2019年4月1日号には、「ゆうちょ銀行(パワハラ自殺)事件」が掲載されており、そこでは教育指導自体は違法でないが、健康に対する配慮が足りなかった、という判断が示された裁判例が紹介されています。教育指導の違法性と、健康配慮の合理性、という2段階の判断がされています。
 けれども、この事案では2段階の判断がされていません。
 これは、上司の指導が相当悪質であり、それ自体が休職の原因であることが明白なので、わざわざ2段階で判断する必要すらなかった、という違いがあるようです。
 パワハラに関する判断の枠組みが次第に形を表してきたように思われます。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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