0.事案の概要
この事案は、最高裁まで争われた事件に関連する事件です。依頼を受けた会社に派遣添乗員を派遣するのですが、その派遣添乗員Xの労働条件(派遣元と派遣添乗員の間の労働契約)が争われています。
込み入った経緯がありますが、この裁判例にかかわる範囲で概要を整理すると、2つの就業規則が問題になっています。
①平成20年就業規則:派遣添乗員の就業規則の不備を労基に指摘されたことから、新たに作成されたもの。事業場外みなし制+4時間分の時間外相当額込みの定額残業代、が主な内容。②平成26年就業規則:事業場外みなし制の適用が最高裁に否定され、日給制から時給制に変更したもの。
この2つの就業規則の効力を検討しましょう。
1.平成20年就業規則
まず、最高裁判決との関係です。
後に最高裁によって事業場外みなし制の適用が否定されていることから、事業場外みなし制を前提とした規定が不合理である、と主張されましたが、一体として全体を無効と判断するのではなく、みなし制の規定だけが無効である、として切り分けて検討しています。すなわち、みなし制の規定以外の部分の有効性について、以下のように別に検討されているのです。
次に、判断枠組みです。
形式的には新しい就業規則の制定ですが、従前、派遣添乗員には同一条件の契約が繰り返し適用されてきた点などを理由に、就業規則の変更に関する労契法9条・10条の趣旨が適用され、内容やプロセスの合理性が必要、としています。
次に、変更の合理性です。
裁判所は、賃金額が減額されている(日当の8分の1を基礎金額とするのではなく、13分の1を基礎金額とする、など)ものの、日当額が約1割増え、受取額の控除(12時間未満のときにその時間を日当から控除)が無くなる、など従業員にとって有利であること、月収や年収の合意がなく、ランク変更などで賃金額の変更があり得ること、(そもそも)平成20年以前の賃金の合意はないこと(合意内容の不利益変更ではない、という形式的な理由を述べている様子)、等を考慮し、合理性を認定しています。
次に、定額残業代のルールの有効性です。
この点は、近時多くの裁判例で議論され、方向性が見えてきましたが、通常の賃金と割増部分が「判別」でき、実際の割増金額が固定の割増金額を超える場合に差額を支払う場合に有効、という趣旨の最高裁のルール(4つの最高裁判例を引用しています)が引用されています。
そして、その適用の際、X側が、固定割増賃金が何時間分の労働の対価であるかが明示されるべきであると主張したのに対し、裁判所は、固定割増金額さえわかればXは自分で算定でき、「一見して判別」できる必要はない、と判断しました。
そのうえで、固定割増賃金を超える金額について、Yに支払いを命じたのです。
2.平成26年就業規則
変更の合理性で、変更によって給与が減る従業員が出てしまうことが、よく問題となります。
この点で裁判所は、Yがサンプリングによって実態調査したうえで、賃金が大きく変動しないようにしたこと、実際、人件費総額を派遣日数で除した金額に大きな変更がないこと、などから、合理性を認めています。
多くの裁判例で、人件費の総額が減らされていないことを、合理性の重要な根拠としており、そのような裁判例と同様の判断をしていると評価できます。
3.実務上のポイント
主要な争点、という観点から見ると、就業規則の変更、固定残業代、という近時問題にされることの多い争点に加え、特に就業規則の変更の判断枠組みが、厳密には就業規則の変更ではなく、就業規則を制定する場合にも適用されることが示されました。
ここでは、派遣元と派遣従業員の関係が問題となりました。
けれども、人数が少ない場合などには、わざわざ就業規則を作らず、個別契約で就業条件を定めている場合もあるでしょう。その個別契約の就業条件につき、同一条件が繰り返し適用されると、この裁判例と同様の判断が示される可能性があります。
すなわち、個別契約で対応していた契約社員が、その数も増えたことから、契約社員全員に適用される就業規則を定めようとした場合、従前の個別契約で繰り返し採用されてきた契約条件が基準となる、と評価される可能性があるのです。
すなわち、それまで個別契約で決めていた条件を、就業規則制定に合わせて整理する際、特にそれによって不利益を受ける従業員がいないか、その変更が合理的であるのか、という点も配慮することが、トラブルを未然に回避するうえで望ましいのです。
※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
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