判例

労働判例の読み方「公務員」【猿払村・村長事件】旭川地裁平30.5.8判決(労判1188.23)

0.事案の概要

 この裁判例は、地域おこし協力隊員として臨時職員として雇われていたXが、1年間の任期の後に再任用された2週間後に解任されたことに対して、権利の濫用であるとして、この解任処分の取り消しなどを求めた事件で、Xの請求を認容しました。

1.判断構造

 裁判所は、Yが主張する解任の根拠(①守秘義務違反、②怠業、③勤務成績不良、④身だしなみや態度の問題、⑤女性職員との間の問題、⑥住民等からの不信感)について、一つずつ合理性を検証し、「事実として認められないか、解任するほどの理由に当たらない」として、「裁量権の行使として許容されるものとはいい難い」として、解任処分を無効としました。
 公務員の労務事件では、一般に、行政裁量の逸脱があるかどうか、という観点から議論されますが、ここでは逆のように見えます。すなわち、それぞれの解任の根拠の合理性について、Yの側が証明しなければならないように見える表現となっているのです。
 これには、様々な説明が可能です。

2.同基準という評価

 1つ目の説明は、一般的な判断構造と、実態は異ならない、という評価です。
 結局、Yは伝聞証拠など、具体性や信用性のない証拠しか提出できなかったことから、一般的に難しいと言われる行政裁量の権限濫用に、Xが成功したにすぎない、という評価です。

3.別基準という評価

 2つ目の説明は、何らかの理由で、解任の合理性の立証責任がY側にある、すなわちルール自体が一般的な行政裁量の場合と異なる、という評価です。
 例えば、Yの「~協力隊設置要綱」には、隊員の任用期間に関して「村長は、隊員としてふさわしくないと判断した場合には、認容を取り消すことができる」と定められています。この条文の文言と、これが任用期間中の解任に関するルールでもあることを考慮すれば、合理性の証明責任がY側にある、という解釈も可能でしょう。

4.検討

 XYは、解任の法的根拠も議論していますが、裁判所はその点について判断を示していません。
 すなわち、地公法29条の21項は、臨時的任用職員に分限処分の規定を適用しない(一方的な免職ができない)旨定め、同2項は、分限について「条例で必要な事項を定めることができる」と定めています。
 この規定に関し、Yは「定めることができる」にすぎず、条例がないと分限処分できないとは書いていない、と主張し、YによるXの解任を有効と主張します。
 他方、Xは、条例が定めない限り分限処分できない、と主張し、YによるXの解任を無効と主張します。
 裁判所は、最後までこの論点について判断をしていませんが、地公法29条の2と同様の規定が適用される条件付採用期間中の国家公務員に関し、最三小判S49.12.17(裁判集民 113.629、判時768.103)は、Yと同様の判断を示しています。この最高裁判決は、「もとより、それは純然たる自由裁量ではなく、その判断が合理性をもつものとして許容される限度をこえた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤った違法なもの」と判示しています。これを見る限り、合理性の立証責任が行政側にあるようにも読めそうですが、この続きを読んでみると、「その判断が合理性をもつものして許容される限度をこえた不当なものであるときは、違法」と説明がされているため、合理性の立証責任が行政側にあるのではなく、権利濫用の立証責任が原告側にある点は変わりません。
 このようにして見ると、本事案で裁判所は、この最高裁判例と同様、一般的な行政処分の違法性に関する基準と同一基準を採用した、と評価すべきでしょう。

5.実務上のポイント

 では、なぜ一見すると立証責任が変わったような表現になっているのでしょうか。
 これは、①再任後2週間という短期間でXを解任したことと、②Yの主張を裏付ける客観的証拠が極めて乏しいこと、が大きな原因と思われます。
 まず、これをXの立場から見てみましょう。Xの期待意識から見た場合、①再任されたことで少なくともあと1年は任用されると期待してしまいますし、②特に問題のある行動を指摘されたり調査されたりしたわけでもなく、いきなり解任されても納得できないでしょう。
 次に、これをYの立場から見た場合、①行政機関の裁量権は広く認められますから、再任拒否は解任よりも容易であるにもかかわらず、みすみすその機会を逃しています。さらに、②Xが不適切であることの調査も、関係者に直接確認することが特に困難であったような事情はなさそうです。
 これを見れば、行政の怠慢は明らかで、解任に関する裁量権の濫用が事実上推定されたことと同じような状況となり、合理性の立証責任が行政側に負わされたのと同じような判断構造になったのです。
 裁量の幅が広い行政ですら、使用者側の怠慢が責められるのですから、民間企業の場合は、より一層注意しなければなりません。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
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