判例

労働判例の読み方「定年後再雇用」【学究社(定年後再雇用)事件】東京地裁立川支部平30.1.29判決(労判1176.5)

0.事案の概要

 この裁判例は、定年後再雇用した従業員の雇用条件に関し、従前と同じ条件、という従業員からの申し入れを認めず、給与の大幅減額、という会社からの条件を認めた事案です。実務上のポイントとして特に注目している点は2点あります。
 なお、労働契約法20条(いわゆる同一労働同一賃金)の適用も問題になっていますが、この点は、労働契約法20条に関する最高裁判例の検討を近々行いますので、ここでは省略します。

1.定年後の契約条件

 原告は、定年退職前と同一条件でなければ勤務しない、と伝えた、契約書もなく、会社の対応は杜撰だった、として、定年退職前と同一条件の契約が成立したと主張します。
 裁判所は、会社は給与減額を最初から明示しており、会社が原告の申し入れに同意するはずがないこと、従業員は文句も言わず働いき続けていて、そのような申し入れをしたとは認められないこと、などから、原告の主張を否定しています。
 問題は、そうすると再雇用契約の条件はどのように決まったのか、会社の申し入れどおりに成立したとみて良いのか、です。
 ところが、この裁判例では、会社側の申し入れどおりの再雇用契約が成立したことを、明確には認定していません。仮に会社側の申し入れどおりの再雇用契約が成立したことを正面から認める場合の理屈は不明確です。
 ここで裁判所は、①原告の求める内容の契約が成立しなかったから、被告の主張するとおり認めるしかない(二者択一の一方が否定されたから他方が認められる)、会社側の申し入れどおり成立したかどうかは特に争われていないから、これで良いのだ、という訴訟的で技術的なことかもしれません。
 しかし、②原告の求める内容の契約の成否と、被告の主張する契約の成否は、独立した別の問題ですので、前者が否定され、後者も否定されることが、理論的にあり得ます。訴訟的に見ても、会社側の申し入れどおりの契約が成立したことが争点でないからと言って、本当にそれでいいのか(主張を促すべきだったのではないか)、などの疑問があります。
 法律的には②が正しいと思いますが、この点は、高裁で議論の対象になるかもしれません。

2.不法行為の成否

 裁判所は、結局は労働契約の条件と同じ問題として、不法行為の成立を否定しました。
 けれども、最近は個別労働関係で、交渉のプロセスを適切に踏まなかった場合の会社の責任が認められる場合が増えています。この事案でも、従業員と再雇用の条件を十分議論していなかった可能性もありますので、再雇用の条件について会社が十分説明せず、従業員が従前と同じ条件での勤務を期待していたような事情があれば、金額は大きくないかもしれませんが、会社の責任が認められた可能性はあるでしょう。
 最近の労働判例の傾向を見ていれば、従業員としてこのような主張を当然行えたはずですので、本件訴訟でこの点が議論されなかった理由が気になるところです。この点も、高裁で議論の対象になるかもしれません。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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