判例

労働判例の読み方「過労・脳梗塞」【フルカワほか事件】福岡地裁平30.11.30判決(労判1196.5)

0.事案の概要

 この裁判例は、自動車販売会社の従業員Xが、過労により脳梗塞を発症し、後遺障害が残ったとして、会社と代表者(あわせてY)を相手に、損害賠償を請求した事案について、Yの責任を認めたものです。労基が認定した時間外労働時間数に比べ、裁判所は、これを相当上回る時間外労働時間を認定している点が、特に注目されます。

1.時間外労働時間の認定

 この裁判例には、ルールに関し、例えば代表者も役員としての責任を負うのか(会社の規模などによるが、この事案では、従業員25人程度の会社であり、代表者が直接労務管理にも関与していたので、行程された)、などの問題もありますが、裁判所が最も手間をかけて判断している点は、時間外労働時間の認定です。
 特徴的な点を1つ指摘すると、労基の認定した時間外労働時間数(発症前2か月目を例にすると、120時間20分)に対し、Xの主張(同328時間00分)、Yの主張(同17時間00分)が大きく乖離する中、裁判所は労基の認定よりも多く認定したのです(同175時間30分)。
 これは、タイムカードなどによる時間管理がされておらず、日誌も記載できる時間が限られている状況で、実際の労働時間を、個別業務ごとに詳細に認定した結果、認定された時間です。
 特に問題になるのは、所定の勤務時間の前と後の、それぞれの勤務時間です。
 具体的にこの裁判例では、朝の時間に行われていたかどうかが争われている業務(研修、不備書類訂正作業、求車、洗車、大掃除、チラシ配り、月初会議、中間報告会議、木曜会議)について、勤務時間後に行われていたかどうかが争われている業務(日誌の作成、カーランド会議、通達会議、ダイレクトメール等の作成、書類作成、求車、電話かけ、マニュアル作成、現金管理、客先訪問、カレンダー配り)について、それぞれ実際に業務があったかどうかなどを詳細に一つずつ認定しており、膨大な量の判決文となっています。
 ここで特に注目されるのは、これらの認定です。
 多くの論点で、Y側の証人やY(代表者)自身の証言が、業務の存在そのものを否定したり、業務の頻度や時間、拘束力などについてXの主張や証言と異なる事実を述べたりしています。例えば、ダイレクトメールの作成は一括して行っていたため、Xは作業していない、という証言がある一方、Xは作業をしていた、と主張しているのです。
 そして、これだけを見ると、Xの主張は証明されず、請求が認められないようにも感じられます。
 けれども裁判所は、主にYが従業員向けに作成したマニュアルの記載と、退職した従業員が有していた当時の日報の記載を手掛かりに、Xの証言の合理性を認定しています。すなわち、一つひとつの業務について、証言と証拠の合理性を比較検討しているため、判決書が膨大な量になっているのです。
 非常に丁寧な作業をしていますが、しかし、刑事事件で見られるような犯罪の立証に比較すると、立証の程度が低くてもXの請求が認められているように見受けられるのです。

2.実務上のポイント

 証明の問題として、これで良いのか、という疑問を抱く人がいるかもしれません。
 けれども、逆に常に厳密な証明が必要となると、労働時間を管理せず、資料も残さない会社の方が、誠実な会社よりも有利に扱われることになります。安易な事実認定はよくありませんが、公正な判断をすることも必要であり、そこに、裁判所の苦悩が見える裁判例です。すなわち、限られた資料や証言から、その合理性を丁寧に検証しているのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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