0.事案の概要
この裁判例は、男子学生による男性講師へのセクハラ行為が存在する、と認定したうえで、学生と大学の責任を認めた事案です。実務上のポイントとして特に注目している点は、2点あります。
1.セクハラ行為の有無
この事件では、セクハラの有無に関し、目撃証言がなく、それによって怪我した、などの客観的な証拠もありません。当事者の供述だけが証拠です。
このような場合、どちらの証言も裏付けがなく、優劣が決せられないので引き分け、すなわち証明されないことになる、したがってこの場合には、セクハラ行為の存在が証明されない、ということになりそうです(立証責任)。
けれども、両者の証言の信用性に明らかに差がある場合は、これと異なります。すなわち、証言内容の合理性の対比で優劣が決せられ、ストーリーが作られることになります。
この裁判例では、学生が、肝心の「触ったかどうか」について明言を避け続けている点が重く受け止められたようです。
このように、証拠がない場合には否認し続ければ逃げられる、というわけにはいかない点が、1つ目のポイントです。
2.学校の責任
これまで、ハラスメントは上司が部下に対して行う場合を意味し、この場合、会社は使用者として責任を負う、というのが典型的なパターンでした。
あえて図式化すれば、会社が上司に、人事権の一部を委譲しており、この人事権を上司が部下に対して行使します。ところが、この人事権を不当に行使し、あるいは人事権をチラつかせながら、上司が部下に不当な行為をすれば、それがハラスメントになります。つまり、上司の人事権の濫用や逸脱が、ハラスメントの根拠であり、同時にハラスメントかどうかの判断基準となるのです。学校で特に問題になるアカハラも、指導者と被指導者の同様の立場関係を背景にしています。
ところが、この裁判例では立場が逆です。
なのになぜ、学校は責任を負うことになったのでしょうか?
考えられる理論構成の1つは、学生の学校での発言力が強く、学生に人事権と同様の権限があり、学生がその権限を濫用した、という理論構成です。実際、講師が問題の学生を出席させないように学校に要求したところ、学生は学費を払っていて、出席を止められない旨、回答しています。また、アカハラを恐れた教員が学生を注意できず、授業が成り立たない大学が増えている(大学での学級崩壊)、というレポートもあります。
つまり、上司が部下を適切に管理するのと同様、学生が教員に対し適切に対応するように、学校は教育指導管理する義務がある、ということになります。学級崩壊も大学の責任になるのでしょうか。
もう1つの理論構成は、大学の責任は学生の責任の代位責任ではなく、大学固有の責任である、というものです。実際、講師やその弁護士から連絡を聞いた大学は、弁護士の立ち合いが無いからコメントしない、という講師の言い分をそれ以上聞こうとせず、学生の言い分だけを聞き、ハラスメントがなかった、と判断しています。講師は、どうやら外国人であって日本語も上手ではないようで(ヒアリングの際、ヒアリングを担当した別の教員が通訳をしている)、その心細い状況で、頼りにしている弁護士の介入も認めなかった点が、判断に大きな影響を与えているのかもしれません。
後者の理論構成から見ると、これは従前の典型的なハラスメントには該当しない、別の問題ということになります。例えば、従業員が取引先や顧客からひどいクレームを受けているのに放置するのと同様の責任、ということでしょうか。
3.おわりに
両者を比較すると、後者の理論構成の方がしっくりとくるようです。したがって、この裁判例を「セクハラ事案」と短絡的に位置付けることには、問題があるように思われます。
そして、後者の立場から見た場合、実務上は、従業員からの職場環境に関する苦情があった場合、従業員ごとの固有の事情にも配慮し、充分言い分を聞き、適切に対応する必要がある、という教訓が得られます。
※ JILA(日本組織内弁護士協会)の研究会(東京、大阪)で、それぞれ、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
その中から、(できるだけ)毎週金曜日、特に気になる判例について、コメントします。
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