判例

労働判例の読み方「配慮義務」【学校法人M学園ほか(大学講師)事件】千葉地裁松戸支部平28.11.29判決(労判1174.79)

0.事案の概要

 この裁判例は、男子学生による男性講師へのセクハラ行為が存在する、と認定したうえで、学生と大学の責任を認めた事案です。実務上のポイントとして特に注目している点は、2点あります。

1.セクハラ行為の有無

 この事件では、セクハラの有無に関し、目撃証言がなく、それによって怪我した、などの客観的な証拠もありません。当事者の供述だけが証拠です。
 このような場合、どちらの証言も裏付けがなく、優劣が決せられないので引き分け、すなわち証明されないことになる、したがってこの場合には、セクハラ行為の存在が証明されない、ということになりそうです(立証責任)。
 けれども、両者の証言の信用性に明らかに差がある場合は、これと異なります。すなわち、証言内容の合理性の対比で優劣が決せられ、ストーリーが作られることになります。
 この裁判例では、学生が、肝心の「触ったかどうか」について明言を避け続けている点が重く受け止められたようです。
 このように、証拠がない場合には否認し続ければ逃げられる、というわけにはいかない点が、1つ目のポイントです。

2.学校の責任

 これまで、ハラスメントは上司が部下に対して行う場合を意味し、この場合、会社は使用者として責任を負う、というのが典型的なパターンでした。
 あえて図式化すれば、会社が上司に、人事権の一部を委譲しており、この人事権を上司が部下に対して行使します。ところが、この人事権を不当に行使し、あるいは人事権をチラつかせながら、上司が部下に不当な行為をすれば、それがハラスメントになります。つまり、上司の人事権の濫用や逸脱が、ハラスメントの根拠であり、同時にハラスメントかどうかの判断基準となるのです。学校で特に問題になるアカハラも、指導者と被指導者の同様の立場関係を背景にしています。
 ところが、この裁判例では立場が逆です。
 なのになぜ、学校は責任を負うことになったのでしょうか?
 考えられる理論構成の1つは、学生の学校での発言力が強く、学生に人事権と同様の権限があり、学生がその権限を濫用した、という理論構成です。実際、講師が問題の学生を出席させないように学校に要求したところ、学生は学費を払っていて、出席を止められない旨、回答しています。また、アカハラを恐れた教員が学生を注意できず、授業が成り立たない大学が増えている(大学での学級崩壊)、というレポートもあります。
 つまり、上司が部下を適切に管理するのと同様、学生が教員に対し適切に対応するように、学校は教育指導管理する義務がある、ということになります。学級崩壊も大学の責任になるのでしょうか。
 もう1つの理論構成は、大学の責任は学生の責任の代位責任ではなく、大学固有の責任である、というものです。実際、講師やその弁護士から連絡を聞いた大学は、弁護士の立ち合いが無いからコメントしない、という講師の言い分をそれ以上聞こうとせず、学生の言い分だけを聞き、ハラスメントがなかった、と判断しています。講師は、どうやら外国人であって日本語も上手ではないようで(ヒアリングの際、ヒアリングを担当した別の教員が通訳をしている)、その心細い状況で、頼りにしている弁護士の介入も認めなかった点が、判断に大きな影響を与えているのかもしれません。
 後者の理論構成から見ると、これは従前の典型的なハラスメントには該当しない、別の問題ということになります。例えば、従業員が取引先や顧客からひどいクレームを受けているのに放置するのと同様の責任、ということでしょうか。

3.おわりに

 両者を比較すると、後者の理論構成の方がしっくりとくるようです。したがって、この裁判例を「セクハラ事案」と短絡的に位置付けることには、問題があるように思われます。
 そして、後者の立場から見た場合、実務上は、従業員からの職場環境に関する苦情があった場合、従業員ごとの固有の事情にも配慮し、充分言い分を聞き、適切に対応する必要がある、という教訓が得られます。

※ JILA(日本組織内弁護士協会)の研究会(東京、大阪)で、それぞれ、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、(できるだけ)毎週金曜日、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
労務・労働問題についての専門家相談窓口はこちら

スタートアップドライブでは、労務や労働問題の相談に最適な専門家や法律事務所を無料で紹介します。
お電話で03-6206-1106(受付時間 9:00〜18:00(日・祝を除く))、
または24時間365日相談可能な以下のフォームよりお問い合わせください。






 


この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
ブロックを追加