判例

労働判例の読み方「過労死」【国・宮崎労基署長(宮交ショップアンドレストラン)事件】福岡高裁宮崎支部平29.8.36判決(労判1172.43)

0.事案の概要

 この裁判例は、心停止(心臓性突発死)につき、過重な業務負荷に業務起因性を認め、労災の対象と認定した事案です。実務上のポイントとして特に注目している点は3点あります。

1.労働時間

 本件の直接の争点は、労災認定の要件である業務起因性であり、労働時間は、業務起因性を判断するうえでの間接的な事情の一つにすぎません。
 けれども、労働時間に関する裁判例などに沿った判断が示されています。間接的とはいえ、労働時間を巡る紛争の参考になります。特に目新しいルールが示されたわけではありませんが、この機会に確認しておきましょう。
 その中でも特に注目されるのは、第1に、勤務表に記載されている時間を基礎をしない(実態から乖離している)が、パソコンのログイン・ログオフ記録の時間を基礎にした(会社でパソコンが割り当てられている)点です。現実に拘束されていた時間を認定する、という労働法の一貫した基本ルールが具体化しているのです。なお、自宅や出張先で、しかも業務時間外にメールチェックをしたような場合、どのように評価されるのか、ルールとして不透明な部分が残ります(拘束されていたかどうかがポイントになると思われます)。
 第2に、出張の際の移動時間です。労働時間としてはカウントしないが、ストレスを評価する一要因として考慮する、という位置付けが明確に示されています。ここでも、移動中に業務することが必要であり、拘束されていると評価できる場合には、労働時間としてカウントされる可能性が示唆されています。

2.仕事のストレスのレベル

 営業担当者が、苦情対応などで出張が重なったことなどを重く見て、仕事のストレスが過重であり、業務起因性が認められる、というのが、一審二審共通の判断です。
 けれども、この判断には以下の2点で疑問があります。
 第1に、本当にこの程度のストレスで業務起因性を認めるのか、というレベル感の問題です。
 たしかに、クレーム対応のために、発症前1週間の間に、宮崎からの日帰り出張が、福岡2回(午前643分発、午後954分着)、鹿児島1回(午前61分発、午後622分着)の計3回あるなど、決して楽な業務でなかったことは間違いありません。
 しかし、当該従業員には営業担当者として月2回程度の県外出張がもともとあったこと、営業担当者の業務(特に外回り)は、適宜休憩を取ることが可能であって、オフィスにこもりっきりの仕事よりも業務密度が薄いと一般に言われていること、営業担当者の業務にクレーム対応はつきものであって、1週間に3回の日帰出張の負荷が、一般的な営業担当者として見た場合、特別に過重であるとは思われないこと、残業時間も6か月平均で56時間15分(しかも、一日当たり7時間を超える部分なのか、8時間を超える部分なのか、判決文からは判明しない)であり、一か月20日とみて、3時間に達していないこと、などを考慮すれば、一般的な営業担当者よりも過重な業務であったと評価することは、非常に疑問です。
 それでも、この判断を是とするのであれば、例えば、当該従業員の昔の業務と比較した場合の過重性(一般的な営業担当者との比較ではない)である、当該従業員は営業に向いていない、など、当該従業員固有の事情が重視された結果、という理由があるのかもしれません。

3.既往症の評価

 第2に、ブルガダ症候群の評価です。
 すなわち、裁判所は当該従業員がブルガダ症候群の基礎疾患を有していた可能性があること、「心停止がブルガダ症候群による心室細動によって引き起こされた可能性は否定できない」こと、を認めています。
 ところが、ブルガダ症候群における心室細動などは、身体活動やストレスなどの精神的要因とは関連せず、むしろ安静時や睡眠中に発症が多いこと、睡眠不足、疲労、ストレス、飲酒などは、発症の誘因にすぎず、発症と相関関係になく、その程度は問題でないこと、すなわち、明確な誘因がなくても発症し、誘因があっても、その程度に関わらず発症すること、が認定されています。
 そして、この部分だけを読めば、仕事のストレスと関係なくブルガダ症候群によって心停止に至った、すなわち、仕事のストレスとは無関係である、という評価がされるべきでしょう。もちろん、仕事のストレスが原因である可能性も否定されていませんが、ストレスと発症の間に相関関係がないのですから、ストレスによる発症の可能性を超えて、ストレスが発症の原因であるという証明には、至っていないからです。さらに、ストレスが十分大きい場合であっても、それと無関係にブルガダ症候群によって心停止に至った可能性すらあるのですから、原告としては、①ストレスが十分大きいことと、②ブルガダ症候群が原因でないことの両方の立証が必要になるはずです。
 けれども、裁判所は、②について言及せず、①だけで業務起因性を認めているのです。
 それでも、この判断を是とするのであれば、以下のような理論が考えられるでしょうか。
 1つ目は、労災の業務起因性の評価は、民法の不法行為の相当因果関係と異なり、業務の危険が具体化したと評価されれば十分である(上記②不要)、とする理論。
 2つ目は、「仕事のストレスの影響>ブルガダ症候群の影響」であれば足りる(上記②修正)、とする理論。
 このように、一般的な相当因果関係の判断枠組みとは、異なる法律構成を前提にしているのかもしれません。

※ JILA(日本組織内弁護士協会)の研究会(東京、大阪)で、それぞれ、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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