判例

労働判例の読み方「パワハラ」【公益財団法人後藤報恩会ほか事件】名古屋高裁平30.9.13判決(労判1202.138)

0.事案の概要

 この事案は、美術館Y1の元従業員Xが、先輩女性従業員Y2Y3と館長Y4に精神的苦痛を受けたとして損害賠償を求めた事案です。1審判決は、パワハラの成立を否定しましたが、2審判決は、社会的相当性を欠く退職勧奨と認定しました。なお、Y2Y4はいずれもY1の元館長の親族であり、この3名以外に社員はXしかおらず、あとは2名のバイトしかいません。

1.法律構成

 1審判決は、パワハラかどうかを問題にし、2審判決は、社会的相当性を欠く退職勧奨かどうかを問題にしました。
 特に、パワハラについては、法改正によりその枠組みが明確になってきましたので、退職勧奨に関する社会的相当性の判断と、判断枠組みが異なります。すなわち、パワハラの場合には、①優越性、②必要性・相当性の逸脱、③就業環境の侵害、の3つが問題になりますが、退職勧奨の社会的相当性については、退職勧奨が社会的相当性を欠くかどうか、とそれによる損害の発生、という2つが問題になります(さらに、不法行為成立のための過失や因果関係も共通の問題です)。
 けれども、本件事案のような①優越性が明らかな事案では、両者の実質的な差は大きくありません。②必要性・相当性は、社会的相当性を具体化したものであり、③私人間の不法行為の場合に個人の損害の立証が必要であることは同じだからです(「甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件」労判1202.95をご覧ください)。
 したがって、ここでは退職勧奨の社会的相当性の問題として検討しますが、パワハラの限界としても参考になります。

2.社会的相当性

 この事案では、Xは入社して1年も経過しておらず、試用期間経過後間もないときに退職勧奨されました。これは、10/14に恩師の訃報を聞いて会社を休む際、電話が通じないことからメールで連絡したところ、事前の電話連絡がルールだ、ルールが守れないとして始末書の提出を指示された段階から退職勧奨が始まりました。その後、10/30までの間に、Yらによって、合計6回退職勧奨をされました。
 1審判決は、その態様が平穏であったことなどを重視したのでしょうか、いずれもパワハラに該当しないと判断しています。
 他方、2審判決は、例えば事の発端である欠勤の連絡についても、電話での事前連絡という明文の規定がないこと、Xは電話連絡を何度か試みたが繋がらなかったからメールで連絡したこと、Yらはこれを無断欠勤と決めつけ、「信頼関係ゼロ」と評して退職勧奨を開始したこと、などからYらの退職勧奨に合理性がないことを重視したのでしょうか、その後の、Yらによる理不尽な対応や退職勧奨について、いずれも社会的相当性がない、と評価しています。
 認定事実に大差がないことから、1審判決と2審判決の差は評価の違いなのですが、このように真逆の評価になった理由は、2審判決が以下のような事情を重視したから、と思われます。
 1つ目は、非常に短期間に集中的に行われたことです。
 このことが、一見平穏なやり取りであるにもかかわらず、Xに対して大きなストレスを与えたと評価できます。さらに、Yらが交互に退職勧奨していることから、Yらは意思疎通ができており、一体として退職勧奨しているため、Xが孤立していたことも、Xのストレスを大きくしていると言えるでしょう。他方で、短期間で畳みかけるように退職勧奨し、圧力をかけている様子から、YらはXを辞めさせるきっかけを待ち構えていて、ここぞとばかりに退職勧奨したように思われます。
 2つ目は、試用期間満了後間もない時期だった点です。
 すなわち、X4/1に入社し、試用期間が8末に満了していたところ、10/14から退職勧奨が開始されました。しかも、Yらは試用期間中からXの勤務態度に不満があった様子であり、実際に、Xのつまらないミスをあげつらう様子も認定されています。
 そうであれば、Yらは試用期間満了時に正式採用しない、という選択肢があったはずです。もちろん、それすら有効ではない可能性もありますが、Yらが自ら設定した機会を活用せず、本採用として継続勤務への期待を与えておきながら裏切ったのですから、Yらの側に背信性がある、と評価できます。
 3つ目は、これらを総合的に評価した点です。
 すなわち、1審判決は1つひとつのYらの言動を別々に評価しているために、その合理性を否定するレベルではない、という評価につながっているのに対し、2審判決はこれらを一連の行動と評価していることから、上記2つの点をより重く評価しているように思われます。

3.実務上のポイント

 ここでは、パワハラや退職勧奨などの問題に対する判断でしたが、使用者による度重なる行為の合理性や社会的相当性が問題になる事件で、1審判決と2審判決で判断が逆になる事案を時々見かけます。
 その判断が逆になった理由を見ると、ここでの判断と同じように、1つひとつの言動をバラバラに見る場合(社会的相当性や合理性を肯定する結果につながる)と、一連の言動として見る場合(これを否定する結果につながる)の違いに相当の理由があると思しき事案が、いくつかあります。
 複数の言動が問題になるトラブルが発生した場合、1つひとつの言動の合理性だけでなく、一連の言動として捉えた場合にどのように評価されるのか、という点も注意して検討しましょう。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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