判例

労働判例の読み方「労災・うつ病」【学校法人武相学園(高校)事件】東京高裁平29.5.17判決(労判1181.54)

0.事案の概要

 この裁判例は、高校教師がうつ病で休職中になされた懲戒解雇処分の有効性が争われた事案で、業務に基づくうつ病を認定し、したがって懲戒解雇処分を無効と判断しました。
 すなわち、労基法19条では、「業務上」の疾病で働けない従業員の解雇を大幅に制限していますが、そこでの「業務上」該当性は、労災補償制度上の「業務上」と同じであるとして、この「業務上」の判断枠組み(①業務に内在する危険が②現実化したかどうか)を用いて、「業務上」該当性が検討されているのです。

1.事案の背景

 この事案の背景として指摘されているのは、ご想像のとおり、学校教師の働き過ぎです。特に、担当教科や担当クラスだけでなく、担当を任されたクラブ活動や部活動について、生徒の練習に付き合うだけでなく、コーチとして指導する(したがって、慣れない競技や活動の場合には、自分自身も勉強しなければならない)ほか、他行との試合や交流、大会への出場などの手配なども全て行わなければならず、さらに、それが全国的に有名な部活動であれば、そこでの生徒の活動成果が進学や就職にも直接影響を及ぼすなど、極めて重い責任と負担が負わされます。
 このような、プレッシャーやストレスの中でうつ病になったことが窺われる本件事案で、高裁は地裁の判決を覆し、「業務上」の疾病であることを認定したのです。

2.実務上のポイント

 では、地裁と高裁の判断の違いはどこにあるのでしょうか。
 1つの評価としては、「業務上」判断の枠組みにあるように思われます。
 すなわち、地裁では、労働契約との関連性を強調しており、労働契約外の事情を判断の基礎から除外しています。例えば、特待生が退学した際、この教師が同じ部の部員たちの前で、「ここに刃物があれば、あいつを刺して自分も死にたいくらいだ」と失言していますが、この失言の背景を問題にするのではなく、この失言によって教師自身が追い込まれていった点を問題にして、仮にうつ病だとしても、その原因は教師自身にある、と評価したのです。その背景として、部活動の指導に高校は指揮命令をほとんどしていないことや、県の高体連は高校と異なる機関であり、そこからプレシャーを受けたとしても、高校教師としての業務と関係ないこと、などを認定しています。
 ところが高裁は、上記失言に始まる一連の問題行動自体が、教師の受けていたプレッシャーによって引き起こされた、と評価しています。ここで問題になるのは、具体的な指揮命令への違反なのではなく、教師の健康状態に対して配慮すべき状況にあるかどうかを判断するための、すなわちストレスの有無を判断するためのプレッシャーですから、指揮命令の有無や法人格の同一性も、厳格に狭めるべきではないのです。
 実務上、業務命令の適法性が問題になる場面と、従業員の健康状態やそれに対する会社側の配慮義務が問題になる場面では、発生すべき法律効果が異なる(法律関係が異なる)ことから、会社側の義務を判断すべき基礎となる事情の範囲も異なり得ます。むしろ、実際に部活動担当として大きな責任と負担を負わせておきながら、それは高校と関係がない、自分の身は自分で守れ、という理屈を認めることが公平と思えない状況です。
 このように見ると、高裁の判断の方が合理的と思われます。
 そして、実務上も、例えば会社が業務として与えた仕事だけでなく、それと関連して引き受けている業務によって従業員がストレスを受けている場合には、その関連性や程度にもよりますが、会社側が従業員の健康に配慮すべき義務を負う場合がある、と認識しておくことが、業務管理上のポイントとなります。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
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