0.事案の概要
この裁判例(二審)は、遺伝性疾患である網膜色素変性症に罹患し、永い年月をかけて進行性夜盲、視野狭窄などが発症する短大准教授に対し、授業を担当させず、学科事務のみを担当させる旨の職務変更命令や研究室の変更命令を出した事案で、准教授がこれら処分の無効確認などを求めたところ、その一部を認容したものです。
「学級崩壊」のような事態を招いていた点を認定し、准教授の教員としての資質に否定的な評価をしていながら、他方で、視覚補助の補佐を付ければ解決できると認定するなど、学園側の配慮不足も認定しています。
論点は多岐に亘りますが、ここでは1点だけ、気になる点を検討します。
1.教育の権利、研究の権利
ここで特に注目するのは、判決主文の内の第4項です。
すなわち、「(…)被控訴人(准教授)が、控訴人(学園)に対し、キャリア支援室において学科事務に従事する労働契約上の就労義務のないことを確認する。」と命じている部分です。
これは、形式上は元の職場に戻すことを命じたものではありません。裁判例の判旨の中でも、「就労請求権が認められない」ことを前提に、「配転命令前の業務(准教授職)に従事する権利を有することの確認を求めることはできない」と説明されています。
しかし、学科事務以外の適切な業務が見つからなければ、結局、准教授職に戻すしか選択肢がありません。しかも、この準教授については、資料の置き場がないなど、研究活動への悪影響を重視して配転命令を無効と評価していますので、現在の学科事務よりも研究活動できる環境が必要、ということになります。すなわち、学科事務以外の職場への移転を命じたとしても、それが研究活動に向かない環境であれば、同様に無効と評価されるでしょう。
形式面では、教育現場に戻せという権利は否定したものの、研究を継続する権利は実質的に肯定したことになります。「教育」と「研究」を切り離すことは、技術的に可能でしょうが、これでは、教育業務を担わない研究専属の準教授を、しかも短期大学で雇用することが命じられたことと同義になります。
すなわち、短期大学の准教授について、「教育」の権利は明確に否定したものの、正面から認めたわけではありませんが、「研究」の権利は実質的に肯定したことになるのです。
2.実務上のポイント
一見する限り、損害賠償金額は110万円であり、裁判所が指摘するような業務を与えれば良いのだから、それほど大きな影響がないように思ってしまいますが、上記のとおり、意外と重大な影響が出そうです。
このような判決は予想外だった、ということも、理解できます。というのも、准教授側が求めた主文の中に、判決と同様、学科事務をする義務がないことの確認がありますが、その理由が、学科事務担当にすると研究活動に支障をきたすからである、と認定されることまでは、訴訟開始段階でははっきりしないからです。権利濫用は、様々な事情を考慮するのであって、その結果、研究活動に支障をきたす、という理由が特に重視されたのは、おそらく判決を見て初めて気づいたことと思われます。
裁判所が、准教授の研究に支障が出る、という理由を特に重視していることを察知していれば、短大の准教授の研究活動を保障する必要性を、もっと突っ込んで議論できたでしょうが、この事案でどこまで突っ込んだ議論がされたのか、不明です。学園側がこの論点について十分議論できたかもしれませんが、そうでないかもしれません。
実務上のポイントとして指摘できることは、訴訟が提起された場合、主文や原告の主張する根拠から、どのような判決が出されうるのか、様々な事態を十分想定することでしょう。労働判例などの判例集を見る限り、高裁で地裁判決が覆される事例が比較的多いように思うかもしれませんが、現実には、地裁の事実認定を高裁が補充する場合(この裁判例も同様)があっても、覆される事例はそれほど多くありません。まずは、地裁で十分議論を尽くすことが重要であり、だからこそ、思いがけない判決が出てしまうことは是非とも避けたいことなのです。
※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
その中から、特に気になる判例について、コメントします。
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