判例

労働判例の読み方「過労死」【国・熊本労基署長(ヤマト運輸)事件】 熊本地裁R1.6.26判決(労判1210.19)

0.事案の概要

 この事案は、ヤマト運輸のセールスドライバーがくも膜下出血により死亡したところ、労基署Yが労災と認定しなかったため、遺族Xが、Yの労災適用外の認定の取り消しを求めた事案です。裁判所は、Xの請求を認め、労災認定しました。

1.労災認定基準

 この裁判例の特徴は、厚労省の定める、いわゆる過労死認定基準のうち、特にその残業時間に関するルールに関し、労基署が認定した労働時間よりも長い労働時間を認定して労災を認定している点です。
 ここで、いわゆる過労死認定基準は、正式には、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」というものです。ここでは、1)異常な出来事、2)短期間の過重業務、3)長期間の過重業務、のいずれかの場合に、労災になる、という枠組みを示しています。この事案では、③が特に問題になりましたが、その場合、a)労働時間の長さと、b)それ以外の負荷要因を総合的に判断することになります。
 このうち、a)労働時間の長さについて見ると、過労死認定基準は以下のように整理されます。
① 発症前1月~6月、残業時間45時間/月以下:業務と発症との関連性が弱い
② 同1月~6月の全期間、同45時間/月超:同、徐々に強まる
③ 同1月間、同約100時間/月超:同、強い
④ 同2月間以上、同約80時間/月超:同、強い
 この事案では、Yは、①~④いずれにも該当しない、③は、約90時間、④は、約40時間~約60時間(なぜ幅があるのか?)、と主張しています。
 これに対して、裁判所は、業務開始時刻や終了時刻等に関する労基署の認定の多くを認めつつ、昼の休憩時間にも作業をしており、労働時間がその分長くなる、と認定し、③は、102時間になる、と認定しました。
 他方、b)それ以外の負荷について、裁判所は、Yが主張している事実のうち、不規則な業務ではない、出張や深夜勤務もない、等の点について同意しています。特段、Yの主張を明確に否定したり、別の事実を認定したりする部分はありません。けれども、セールスドライバーは忙しい仕事、等という抽象的な証言内容をわざわざ引用し、③の時期の拘束時間が280時間であることだけを統計的な根拠に、(例えば、3か月前の時間外労働時間は僅か8時間であるのに)セールスドライバーは拘束時間の長い業務であると一般化し、評価しています。

2.実務上のポイント

 このように、b)それ以外の負荷は、労基署と裁判所で、認定した事実に大した違いがないのに、評価だけが逆になっています。しかも、裁判所の判断は、具体的な事実や数字を根拠として示すことができておらず、抽象的で一般的な評価でしかありません。
 このように見ると、過労死認定ではa)労働時間の長さが決定的に重要である、ということが理解できます。しかも、業務時間のうち、開始時間と終了時間は、労基署の判断がそのまま採用されており、昼の時間の評価を改めることによって、③を10時間強加算しました。
 つまり、労基署と裁判所で、a)労働時間の長さとb)その他の事情の両方を合わせてみた場合、大きく違う主な点は、昼の勤務時間約10時間/月だけです。つまり、裁判所が労働時間を10時間長く認定することによって、労災認定の結論が真逆になったのです。
 たしかに、行政官庁である労基署の硬直的な労災認定に対し、裁判所が証拠を総合的に評価し、柔軟に労災認定する(労基署より緩やかな場合も厳しい場合もある)ケースは、時々見かけられます。この事案も、硬直的だった労基署の判断に対し、裁判所が、柔軟で合理的な判断をした事案であると評価することも可能でしょう。
 けれども、月10時間の労働時間の認定の違いは、20日勤務だとすると一日30分の差です。この僅かな差だけを手掛かりに判断をひっくり返さなければならないほど、労基署の判断は非常識だったのでしょうか。忙しい時に、昼休みに(それが法的な意味での指揮命令下の業務と言えるかどうかはともかく)メールを整理したり、資料を片付けたり、とにかく、午後の仕事を少しでも楽に再開できるように、何らかの作業をすることは普通にあることでしょう。しかも、この事案ではこれが恒常的だったとまで認定されているわけではありません。
 この意味で、この裁判例は、硬直的な労基署の認定を柔軟に合理的に判断した裁判例と、少し異なる趣の裁判例と感じられるのです。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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