0.事案の概要
この事案は、人員削減の必要性が否定できない(Xも認めている)会社Yが、定年間際の従業員Xを整理解雇したところ、Xが、解雇が無効であるとして、解雇が無ければ定年後再雇用されたであろうことを理由に、従業員の地位の確認などを求めた事案です。
裁判所は、解雇を無効とし、Yの損害賠償責任を認めましたが、従業員の地位は認めませんでした。
1.判断枠組み(ルール)
裁判所は、伝統的な「整理解雇の4要素」を判断枠組み(ルール)として採用しました。
すなわち、①人員削減の必要性があること、②整理解雇回避の努力を尽くしたこと(解雇回避努力義務)、③選定基準・選定が公正であること、④解雇手続きの相当性(労働組合や労働者に対して必要な説明・協議を誠実に行ったか)、の4つの要素を、総合して判断する、という枠組みです。
この4つの要素は、結局のところ、解雇の合理性を判断するためのもので、4つの要素自体が証明の対象ではありませんから、事案によっては、この4つの要素が適切でない場合もあります。近時の裁判例では、これを事案の内容に合わせてアレンジしている場合もあります。
例えば、「学校法人大乗淑徳学園(大学教授ら・解雇)事件」(東京地裁R1.5.23判決、労判1202.21)では、a)人員削減の必要性、b)解雇回避努力等、c)解雇手続の相当性の3つのグループに整理して検討されています。このb)解雇回避努力等の中に、上記4要素のうちの、②解雇回避努力、③被解雇者選定の合理性、さらにこの事案固有の事情として追加された「再就職の便宜」等も含まれているようです。
このように、抽象性の高い評価的な要件(ここでは、解雇の合理性)の有無を認定するために、裁判所は、よく「判断枠組み」を設定します。この「整理解雇の4要素」は、判断枠組みとして示されたものとして、かなり初期のものと思われますが、そのことによって「整理解雇の4要素」が独り歩きしていた面があります。現在は、様々な場面で、事案に応じた「判断枠組み」が柔軟に設定されています。
そこで、判断枠組みとしてどのような要素が設定されるのか、という問題ですが、多くの事案に共通する判断枠組みの要素は、以下のように整理できます(もちろん、これに嵌らない場合もあり、これをアレンジする場合もあります)。
具体的には、天秤の図を思い描いてください。
天秤の一方の皿に「従業員側の事情」を載せ、他方の皿に「会社側の事情」を載せます。天秤の中央の支点が、「適切なプロセス」や「その他の事情」に該当します。このような図を思い描くのは、対立する当事者のバランスを取る、という発想が、裁判の多くの場面で働くからです。
こうして見ると、①人員削減の必要性は、「会社側の事情」です。②解雇回避努力と③公正性は、「従業員側の事情」と言えるでしょう。従業員の生活に与えるインパクトをできるだけ小さくし、適切に考慮されなければいけないからです。④手続きの相当性は、「適切なプロセス」です。
このように、天秤の図を思い描き、対立する利害を調整する、という機能を考えれば、考慮すべき事情を網羅的に把握することができ、裁判所が示す「判断枠組み」に近い形で判断することが可能になるのです。
2.あてはめ(事実)
まず、①人員削減の必要性は、Xも認めています。
残る②~④のうち、裁判所は、②解雇回避努力と④手続きの相当性について、Yの対応が不十分であると評価していますが、③公正性については何も言及せず、判断を示していません。
この点からも、4要素という数字には重要な意味はなく、この事案では、3つの要素で判断するという判断枠組みにしても良かったのかもしれない、と評価できます。
さらに、ここで特に注目されるのは、Xの勤務する京都では大幅な人員削減が行われるのに、同時期に東京で2名の営業担当社員の採用が行われた事実です。
Yとしては、場所が遠いだけでなく、経営危機の状況なので、お金を稼ぐことが期待できない高齢の管理職者であるXの代わりに、実際にお金を稼ぐことが期待される現役の営業担当社員の方が必要だったのでしょう。
ところが、従前の裁判例の多くは、整理解雇の一方で、従業員を新規に採用する場合には、①人員削減の必要性がない、と評価してきました。従業員を、単なる頭数で考える発想です。会社経営のために必要な機能のどこを補充すべきなのかに応じて、従業員の適性や能力、個性を考慮して行われる人事政策上の判断に対し、従前の裁判例はあまりにも無理解だったように思われます。
これに対してこの裁判例は、①人員削減の必要性の問題と位置付けず、②解雇回避努力の問題と位置付けています。
結局は、例えばXに対して、営業社員として東京で勤務する可能性を打診する等の配慮を示せばよかったのでしょうが、Yがそのようなことをしなかったこともあり、②解雇回避努力不十分と評価されてしまいました。
けれども、上記のように、会社の状況に応じて必要な人材が変化していく中で、従前の裁判例のような、単なる頭数の問題とせずに、会社経営上の必要性に対して一定の配慮を裁判所が示しているように見受けられます。この点は、従前の裁判例と対比した場合、非常に評価されるべきポイントと思われます。
3.実務上のポイント
さらに、この裁判例では、Xの定年後再雇用の期待に関し、期待権の存在を肯定して損害賠償請求を認めつつ、雇用関係の成立は否定しました。
これは、新たな雇用契約を締結するには決めなければならないことが沢山あるため、たとえ再雇用が期待できるとしても、その内容は客観的に定まっていないからです。
そうすると、大きな会社で、再雇用の条件が機械的に定まるような場合には、再雇用の契約内容が決まっているため、雇用関係の成立が認められる可能性がある、ということになります。実際、損害賠償にとどまらず、再雇用契約の成立を認めた裁判例もあります。
このように、定年延長や定年後再雇用が促進されている中で、定年後再雇用を制度化すると、再雇用しないことの可否が議論される際、再雇用後の条件が決まっている分、雇用関係の成立が認められるリスクが高まることになります。けれどもこれは、定年後再雇用への配慮が欠けているとして非難されたり、従業員の期待を裏切っているとして損害賠償請求されるリスクを減らすことにもつながりますので、会社にとっては一長一短です。行き当たりばったりに対応することで、トラブル発生の可能性を高めてしまうよりは、定年再雇用者の活用方法をしっかりと議論してルールを定め、安定的に運営した方が、一般的には、中長期的に経営上好ましいと思われますが、雇用関係の成立が認められる、というリスクだけに目が奪われて、問題の本質を見極めないまま短絡的な対応をしないよう、しっかりと制度設計をすべきです。
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