判例

労働判例の読み方「給与天引」【凸版物流ほか1社事件】東京高裁平30.2.7判決(労判1183.39)

0.事案の概要

 この裁判例は、日雇派遣労働者が仕事を得られなかったとして、派遣元と派遣先に損害賠償を求めた事案で、いくつかある請求のうち、日当の送金手数料の天引きと、別の派遣先を紹介しなかった点の2つについて、派遣元・派遣先の責任を認めたものです。
 ここでは、前者の天引きと、否定された主張のうちの、本件日雇派遣の違法性に絞って検討しましょう。

1.送金手数料の天引き

 問題は、特別に給与の日払いを希望する場合には送金手数料を労働者負担とする方法の合理性です。
 裁判所は、この制度自体を違法としませんでした。
 しかし、送金手数料負担の合意が取れていない、という理由で違法としました。労働者負担が明らかな振込依頼書を労働者自身が提出しても、合意として不十分、と評価されたのです。
 注目されるのは、「労働者の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足る合理的理由が客観的に存在しなければならない」(最高裁三小判H2.11.26労判584.6日新製鋼事件の引用)というルールです。
 ポイントは、例えば振込依頼の際、金融機関は申込書の印影と届出印の一致は確認しますが、本人の「自由な意思」の「合理的理由」の「客観的」「存在」まで確認しません。送金業務が大渋滞を起こしてしまいます。
 だからと言って、裁判所の示したこのルールが、救いようがないほど間違えている、というわけでもありません。
 その理由は、①送金の有効性を問題にしていない(会社の責任問題しか問題にしていない)から、②これまでの労働判例の傾向に合致するから、です。
 特に②ですが、退職や減給など、従業員の不利な決断の際、多くの裁判例がこのルールを採用しています。普通の市民生活では、印鑑を押せば原則として有効ですから、ここでは、ハードルが上がっています。
 そして、送金手数料の負担という局面でも、同様にハードルの上がることが示されたのです。

2.本件日雇派遣の違法性

 次に、派遣事業の潜脱であり、違法である、という主張に対する裁判所の判断です。
 ポイントは、従業員に示した労働条件が実際の労働条件と食い違っていた点です。一般に、免許や認可が必要な事業の場合、誰が事業主体であり、どのような行為を行わなければならないのか、という二種類のルールで規律されます。前者の事業主体の問題が「業規制」、後者の行為義務の問題が「行為規制」です。
 そして、この違いを前提にすれば、本件日雇派遣は派遣事業会社が行っていることで、「業規制」の違反はなく、ただ必要な措置を講じていなかったので「行為規制」の違反がある、という問題です。一般に「業規制」違反は態様が重く、行為自体も「違法」とされる可能性が高くなりますが、「行為規制」違反にとどまる本件日雇派遣は、一般に行為自体が「違法」とされるまではならず、派遣事業会社の「義務違反」が問われるにすぎません。
 ところが裁判所は、①「就業条件を全く示さなかった」「実際の就業条件とおよそ異なっていた」場合は別であり、②派遣元は派遣事業者である、③従業員に示した労働条件の食い違いは、派遣業者の「義務違反」の問題であるとして、本件日雇派遣自体を「違法」とはしませんでした。
 特に注目されるのは、①の部分で、就業条件を示す義務の違反が重大な場合には、「義務違反」の問題でとどまらず、当該派遣行為が「違法」になる可能性を示した点です。
 つまり、本来は派遣事業者としての資格要件の問題(業規制)と、その行為の適法性(行為規制)とは、問題の次元が異なるのですが、例外的に両者が結び付く場合が認められたのです。
 ところで、この裁判例は、労働者派遣に関する事例判決であり、この論点も多数の論点の一つにすぎず、しかも①が実際には適用されていません。傍論的に論じられただけですので、直ちに先例とは評価できません。①がどれだけ普遍性があるのかは、問題があります。
 しかし、もし①を派遣事業以外にも広げれば、およそ事業者としての資格や免許を有する会社が、果たすべき義務を果たさず、それがきわめて重大な場合には、単に「義務違反」になるだけでなく、行為自体「違法」である、というレベルに引き上げられることになるのです。

3.実務上のポイント

 1つ目の、手数料天引きの問題から学ぶべきポイントは、従業員に不利益な判断を求める場合、押印だけで終わらせないことです。通常の法律行為であれば、民訴法の二重の推定も働き、押印があれば意思表示は有効と推定されますが、労働条件を悪化させる場合の合意では、「意思確認」が必要になるのです。
 したがって、従業員に不利益な判断を求める場合、合理性(メリットもあること)と、合意時の状況(従業員自ら疑問点を質問し、納得していた、等)を記録に残すことが重要です。
 2つ目の、労働条件の明示義務の問題から学ぶべきポイントは、事業者としての「義務違反」は、ペナルティーだけでなく、行為自体が「違法」とされる危険がある、というリスクを認識することです。
 もちろん、これが他の事業にも直ちに適用されるかどうかわかりませんが、その可能性はあるのです。
 資格や免許を有するものの、その事業が本業ではない場合などに、守るべき事項をうっかり守らなかった、ということが起こりがちですが、そのようなことの無いようなコンプライアンス体制を作ることが重要となるのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、毎週、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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