判例

労働判例の読み方「残業代」【イクヌーザ事件】東京高裁平30.10.4判決(労判1190.5)

0.事案の概要

 この事案は、定額の残業代を約束していた会社で、その約束自体が無効であると争われた事案です。1審は、約束を有効としましたが、2審は、約束を無効としました。

1.無効である理由

 この約束は、具体的には、月80時間の残業を想定し、計算された定額残業代の約束です。
 この約束について、裁判所は、厚労省が出した「業務上の疾病として取り扱う脳血管疾患及び虚血性心疾患等の判断基準」の中で、業務と発症との関連性が強いと評価される場合の1つとして、6か月間80時間を超える時間外労働が上げられていることを指摘しています。そのうえで、この定額残業代の約束は、「実際には、長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情が認められる場合はさておき、」と、例外ルールも認めつつ、原則ルールとしては、「通常は、基本給のうちの一定額を月額80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは、公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である。」としました。
 つまり、原則として無効、例外的に有効、という評価です。
 これについては、①1審のように、解釈運用いずれも違法ではない、という解釈、②規定自体は有効だが、実際に80時間以上働いても残業代を払わない場合には違法、という「運用」の問題とする解釈、③規定自体が全て無効とする解釈、④いくつかの下級審裁判例にある解釈方法ですが、同じく約束の効力自体を否定するにしても、公序良俗違反ではなく、法令の趣旨に反する意思を有していたはずがない、という解釈(合理的意思の解釈)も可能です。
 ここでの裁判例のように、原則として無効、例外的に有効、という枠組みの場合、例外的に有効になるのはどのような場合か、が問題になるところですが、ここではその点は明確ではありません。実際に80時間前後の長時間労働が恒常化している事案だからです。

2.一部無効

 さらに、80時間が無理な場合でも、合理的な範囲であれば有効ではないか、という会社側からの主張に対し、裁判所は、そのような一部無効(部分無効)も認めない、と判断しました。
 これは、①そのような一部は有効、とするような事情が無いこと、②それを認めると、ものは試しで、同様の約束をする事例を助長しかねないこと、が根拠となります。
 全部無効ではなく、一部だけが無効である、というためには、その内容が可分であることと、全部無効よりは一部だけの無効、という方が当事者の意識により合致すること、の2つの要件が必要と言われます。
 この裁判例では、後者の「当事者の合理的意思」に近い言及(=①)もありますが、主に前者の「可分性」が根拠になったように思われます(=①)。

3.実務上のポイント

 いわゆる定額残業代のルールについて、判例や裁判例により、それなりに輪郭が見えてきたようです。
 ここで、最後に、付加金についての判断を紹介しましょう。
 付加金は、労働基準法に違反した場合に、一種の懲罰的な意味で、支払っていなかった残業代などに加えて、その同額の支払いを、裁判所が命じることができるものです。つまり、残業代の不払いなどについて、悪質な事案では、会社の責任が最大倍になるのです(遅延利息を除く)。
 この付加金は、労基法114条に、「これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。」と記載されていることから、0%か100%か、というようにも読めます。
 しかし、この裁判所は、50%の支払いを命じました。80時間超の部分をちゃんと支払っていたし、どこまで有効であるのか、という判断基準が明確でなかった、というのが理由です。
 付加金について、オールオアナッシングではない解決の可能性が、この裁判例から明らかとなったのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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