0.事案の概要
この裁判例は、最高裁から差し戻された事件についての判断です。
ですから、最高裁が既に判断した点、すなわち、医師といえども、残業代を払わない給与にするためには、①基本給部分と残業代部分が判別でき、②実際の残業代が残業代部分を上回る場合には清算することが必要、というルールについて、これをそのまま踏襲しています。つまり、このルールに事案を当てはめて、結論が出されているのです。
ここでは、このルール以外で、特に注目されるポイントを検討します。
1.残業時間の認定
この裁判例では、終業時間後の残業については、退勤時間を終了時間として計算していますが、始業時間前の残業については、出勤時間ではなく、契約上の始業時間を始業時間として計算しています。
労働法では、契約関係などの形式よりも、労務提供や指揮監督の実態に着目したルールが多く、就労時間も実態に着目して判断されます。
その意味で、この裁判例での始業時間の認定は、終了時間の認定と一貫しないだけでなく、一見すると本来のルールに合致しないようにも見えます。
しかし、例えば朝礼がある日は始業時間を早めて認定しています。すなわち、裁判所は始業時間の実態を契約上の始業時間に求めているのであって、始業時間についてだけ契約の形式に従ったのではない、と評価されます。
これは、多くの職場で見られる実態を考えてみれば理解できます。
すなわち、朝早く出社する従業員も、日中と同じ密度で業務を行っているのではなく、例えば朝食を摂ったり、新聞を読んだりして、ゆっくりと始業の準備に取り組んでいる場合が多く、すなわち、「指揮監督」下での「労務提供」と言えない場合が多いように思われます。会社側から見ても、早く出社して業務を開始するような業務指示を出した、と言えない状況の方が多いでしょう。準備万端で始業を迎えてくれる分には、業務にそれだけ専念してくれることなので、早く来ることは歓迎だ、という意味の方が大きいように思われます。
2.実務上のポイント
そうすると、逆の判断に変わる可能性もあるということです。
例えば、働き方改革などを背景に、始業前の出社を禁止したり、業務以外での職場への滞在を禁止したりする動きが一般化して、始業前の「滞在」がむしろ例外になれば、早朝に来ているからには業務をしているだろう、という評価に変化するでしょう。そうすると、この裁判例とは異なる結論もあり得るのです。
※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
その中から、特に気になる判例について、コメントします。
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