判例

労働判例の読み方「いじめ・自殺」【乙山青果ほか事件】名古屋高裁平29.11.30判決(労判1175.26)

0.事案の概要

 この裁判例は、職場の先輩従業員2名の行き過ぎた指導(いじめ)によって若手従業員が自殺した事案で、先輩従業員2名の責任と、会社の責任を認めた事案です。実務上のポイントとして特に注目している点は、先輩従業員2名と会社の双方が、いじめ行為に関する責任を負うとしつつ、自殺した点については、会社についてだけ責任を認め、先輩従業員2名の責任を否定し、両者の間に差が設けられた点あります。

1.先輩従業員2名の責任

 先輩従業員2名については、一方で、いじめと疑われる行為の一つ一つについて、「適正な指導の範囲を超える」かどうかを検証し、その多くについて、不法行為が成立すると認定しています。
 他方で、死亡の結果については、相当因果関係と予見可能性がないとして否定しています。これは、それぞれのいじめ行為が、厚労省作成の認定基準(平23/1226基発12261号「心理的負荷による精神障害の認定基準」)の「中」であって、「強」ではない、ということが根拠とされています。

2.会社の責任

 会社については、まず、いじめ行為それぞれについて、先輩従業員2名の責任が認められることから、自動的に、使用者責任(民法715条)の責任を認めています。
 次に、死亡の結果については、相当因果関係と予見可能性があるとして肯定しています。相当因果関係は、先輩従業員2名による各いじめ行為に加え、会社が適切に対応せず、これを改善しなかったこと、も考慮すると、認定基準の「強」であって、「中」ではない、ということが根拠とされています。予見可能性については、平成13年の厚労省資料で自殺の増加と原因が分析報告されていることなど、当時の状況から、会社は当然自殺を予見できた、と判断しています。

3.両者の違い

 両者の違いは、結論的に言うと、責任額が違います。会社は55746426円、先輩従業員は、1人が55万円、1人が110万円です。
 100倍も差がありますので、この差が何によって生じたのか、がとても大きな問題となります。
 そして、判決文を読むと、①会社が適切に対応しなかったこと、②会社が状況を改善しなかったこと、③先輩従業員については2人の不法行為を別々に評価しているのに対し、会社については2人の不法行為を合わせて評価しているらしいこと、④うつ病自殺が社会問題になっていたこと、の4点でしょう。
 けれども、この4点の理由でこれだけ結果に差が出る理由になるのか、合理性に疑問があります。

4.予見可能性の違い

 まず、④は予見可能性です。
 予見可能性は、具体的な結果に対する予見可能性であり、刑法理論で言えば具体的危険であって、抽象的危険ではないはずです。ところが判決文では、厚労省作成の資料から、社会の一般的な現象として自殺が増えていることを指摘するにとどまり、この事案の自殺の結果に対する固有の予見可能性の有無を検討していません。
 たしかに、「世の中で問題になっているから」自分も気をつけよう、ということは大切です。
 しかし、予見可能性が、「世の中で問題になっているから」という理由だけで認められてしまい、個別の事案ごとの固有の予見可能性を全く検討しないことになれば、会社だけでなく、個人の活動についても、どのような事故について責任が負わされるのか、全く予想が立たなくなり、自由な活動が許される領域が大幅に制限され、萎縮してしまいます。過失主義は、自由活動領域を確保するものであるはずなのに、です。
 さらに、実際に起こってしまった事故に関し、その個別具体的な事故の態様を検討せずに、一律に予見可能性がある、というのは、気を付けても無駄ということになってしまうのです。事故を防ごうという意欲を削ぐことになり、かえって事故を増やす危険を有するのです。
 この点で、裁判所の判断枠組みには、疑問があります。

5.共同不法行為

 次に、③2人の先輩弁護士の不法行為について、分割するか両者一体とみるか、の違いです。
 裁判所の考え方は、個人としてみれば別々の行為だから別々に因果関係を考慮するが、会社から見れば、これらを合わせて管理監督すべきだから、一体として因果関係を考慮する、ということになるのでしょうか。
 すなわち、この事案では、先輩従業員2人のいじめ行為が複合的に影響して損害が発生しており、しかも、時には2人が一緒になって被害者をいじめたこともあったのに、両者のいじめ行為を共同不法行為と評価していません。
 けれども例えば、交通事故事案で、上り車線で跳ねられた歩行者が下り車線に飛ばされ、下り車線でも跳ねられて死亡した事案で、死亡の原因がどちらの衝突か特定できない場合、上りの自動車運転手と下りの自動車運転手には「異時共同不法行為」が成立します。別々の、しかもたまたまそこで通りがかっただけの赤の他人の二人が、一体として考慮され、一体として責任を負わされるのです。
 仮に、先輩従業員2人のいじめ行為を一体として評価した場合、果たしてそのストレス強度は「中」と評価できるのでしょうか。あるいは、会社が与えたとされるストレス強度「強」との間に、それほど決定的な差を認めることができるのでしょうか。

6.会社の責任

次に、会社の責任に関する①②の点(いじめ対応、再発防止策構築)です。
 これらの要素が、先輩従業員2人の責任と会社の責任の範囲に大きな差をつけた、最大の理由になります。
 たしかに、従業員がいじめられているのに、それを放置して良いはずはありません。したがって、会社の責任を否定すべきであるとまでは言いません。
 けれども、病気と認定されるほど追い込むようないじめ行為を実際に行った先輩従業員2名、すなわち直接の加害者に比較して、環境整備などの間接的な加害者である会社の方が、どうして100倍も責任が重くなるのでしょうか。直接の加害者は、自殺の結果に対して影響力がなく(相当因果関係がない)、間接的な加害者は、自殺の結果に対して影響力がある(相当因果関係がある)、という影響力の評価は、常識的に見ればむしろ逆のようにも見えますが、敢えてそのように評価される何か特別な理由でもあるのでしょうか。「損害の公正な分担」という不法行為法の大原則から見たとしても、この100倍の差が「公正」なのでしょうか。

7.おわりに

 長くなりました。
 実務上のポイントとしては、実際に従業員がいじめられている場合には、それを放置すると、加害者以上の重い責任を会社が負わされる可能性がある、ということを、この裁判例は示しています。
 したがって、実際に従業員がいじめられていることを会社が認識した場合には、迅速に対応し、しかも徹底的に再発防止策を推進しなければなりません。この裁判例では、会社側の事情を考慮してもらえる余地が全く示されていませんので、会社としては、言い訳をせずにともかく、いじめ対応と再発防止策構築のために、やれるだけのことをやる必要があるのです。 

※ JILA(日本組織内弁護士協会)の研究会(東京、大阪)で、それぞれ、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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