判例

労働判例の読み方「資格取得援助」【医療法人杏祐会元看護士ほか事件】広島高裁平29.9.6判決(労判1202.163)

0.事案の概要

 この事案は、病院Xで勤務しながら准看護師、正看護師の勉強をしていた従業員Yが、その勉強のための資金をXから借りていました。これには、Yに卒業後6年間は勤務すること、それを破れば資金を全額返すこと、という条件が付いていました。しかし、Yが卒業後45か月後にXを退職したことから、Xがこの条件に基づいて、Yに貸金の返還を求めたのです。
 裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.期間の上限とロジック

 裁判所の示したルールを整理しましょう。

① 労基法16
 これは、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」という規定です。
 貸付契約は労働契約ではないので適用されない、というXの主張を、裁判所は否定し、「貸付金の返還義務が実質的にYの退職の自由を不当に制限するものとして、労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定であると評価できる場合」は、この貸付が労基法16条に反する、としました。
 その理由は、a)文理上、労働契約そのものに限定されていない、b)労働者の生活保護という労基法の趣旨に照らせば、適用契約を限定する理由がないこと、の2つです。

② 労基法13
 これは、「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。」という規定です。
 この規定について、「本件貸付が実質として労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定を不可分の要素として含むと認められる場合」に適用される、としました。
 その結果どうなるのか、という問題(法律効果)については、労基法16条違反として無効となること、但し、その範囲は「(労基法13条)に反する部分に限られ」ること、「本件貸付は同条に適合する内容に置き換えて補充されること」、が示されました。
 その理由は、上記の条件に合致する場合には、「形式はともあれ、その実質は労働契約の一部を構成するものとなるから」と説明されています。

③ 労基法14
 これは、「労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、3年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあつては、5年)を超える期間について締結してはならない。(各号省略)」
 この規定について、上記①の「退職の自由を不当に制限する」を判断する基準が、この3年(一部5年)の期間を超えるかどうかになる、としました。
 その理由は、この規定が期間の上限を定めているのは、労働者の退職の自由のためであり、①労基法16条の趣旨と一致するからです。

④ まとめ
 以上の内容を整理すると、①継続勤務を条件とする貸付は、労働者を不当に拘束するので無効だが、②その無効の範囲は、③有期契約の上限とされる3年を超える部分である、ということになります。
 これまで、例えば、会社が留学させた従業員が帰国後すぐに退職した場合に、留学にかかった費用の返還を約束することがあり、その効力が裁判所で争われることが多くありました。裁判例は、労基法16条の適用があるか無いか、の段階から判断が分かれているだけでなく、何年以内での退職なら返還請求できるのか、という問題についての判断も明確ではありませんでした。ましてや、この裁判例が示したような3年という明確な基準と、法律の規定に基づく理由付けは、おそらくされていないように思われます。
 その意味で、3年という期間を、その根拠とともに明確に示したこの裁判例は、非常に興味深いものです。

2.実務上のポイント

 会社が従業員の資格取得を援助する事例は、それが会社にフィードバックされることを期待した投資だからですが、それによって資格を取得した従業員は市場価値が高まりますので、それまでの会社の処遇では納得できなくなります。
 そこで、この裁判例では、3年(又は5年)という期間の拘束を認めることで、会社の期待と従業員の不満を調整するルールを明確にしました。
 しかし、そもそもこのような不満を発生させないような運用も必要です。
 資格を取らせてやった、投資してやった、だから安く働いて貢献しろ、という発想では、特に人手不足の現在、つなぎ留めておくことは無理です。3年経てば皆離れていくでしょう。
 むしろ、君が頑張って資格を取った、君の頑張りの成果だ、本来であれば、同じ有資格者を採用したらこれだけの条件になるけれど、会社もサポートしたから、少し安いがこれで頑張ってくれ、その分、よく知っている会社だから、頑張ればもっと上に行ける確率も高いのだから、将来の伸びしろも含めて、この会社で頑張ってほしい、このような発想が必要でしょう。従業員のキャリアパスも考え、その中で会社にとどまることが欠かせないパーツであるように設計し、従業員にもそのことを納得させるのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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