企業が新規の事業を立ち上げる際や、自社の事業を大きく拡大させる場合、または上場に向けて本格的な準備を行う場合などは、多額の資金を準備する必要があり、資金調達が必要になるケースがあります。
また、大規模な資金調達を実施した場合、調達額そのものや調達資金の使い道などへ注目が集まり、新聞へ大きく掲載されたり、ネット上で大きな話題となることが少なくありません。
2020年2月には、営業特化型Web会議システム「bellFace」を提供するベルフェイス株式会社が52億円の資金調達を実施し大きな話題となりました。
今回、この記事で解説する内容は、複数の手法が存在する資金調達の中でも、新株を発行して株主や投資家などから資金を投入してもらう方法である有償増資と呼ばれる手法についてです。
また、有償増資においては、「株主割当増資」「第三者割当増資」「公募増資」の3種類が主要な方法とされるため、この記事ではこれら3つの資金調達についてわかりやすく解説します。
目次
① 株主割当増資
株主割当増資とは、新株の発行によって資金調達する方法の一つであり、自社を除いた既存株主に対し、持ち株数に応じて新株の割り当てを受ける権利を与えるという方法です。
株主割当増資の大きな特徴は、対象が「(自社を除く)既存の株主」である点と、「保有する株数に応じて新株割当の権利が発生する」という点になります。
株主割当増資は、既存の株主のみに新株の割り当てを受ける権利が与えられる仕組みです。このため、株主割当増資では新たな株主は登場せず、また「既存の株主」には、自社は含まれません。
なぜ、既存の株主に自社は含まれないのでしょうか?
それは、自分で自分に権利を割り当てることはできず、自分自身に出資する意味はないからです。
資金調達は、外部の株主からの出資を受けることではじめて成立します。
そのため、自社が自分自身に出資しても、新たな資金調達にはならず、株主が自社以外であるからこそ新たな資金を手に入れることができるのです。
また、株主割当増資では、あくまで株主の保有する株数に応じて新株の割り当てを受ける権利が付与されます。
例えば、30株の持ち株に対して1株を割り当てる場合、150株を所有する株主には5株、300株を所有する株主には10株の新株の割当を受ける権利が発生します。
この権利の比率は株主ごとに変えることはできません。
あらかじめ決められた割合を守り、それぞれの持ち株数に応じた株を割り当てる必要があります。
メリットとデメリット
次に株主割当増資のメリットとデメリットについて解説します。
株主割当増資を行う際のメリットは大きく2つあるとされます。
1つ目は、株主割当増資に伴う資金調達には返済の義務がない点です。
例えば、銀行から資金を借り入れた場合、企業は借入金を利息とともに返済する必要がありますが、株主からの出資に関しては返済の義務はありません。
しかし、実際のところ、企業は株主に対して利益の一部を還元する形で配当金を支払いますし、多くの株主は配当を期待して出資している面もあるため、あくまで返済の義務がないという点がメリットであることを理解しなければなりません。
株主割当増資のもう一つのメリットは、株主の構成と株主の持ち株比率に変更がないという点です。
株主割当増資では、既存の所有株数に応じた権利が株主に付与されるため、所有株数の絶対数が増加するだけであり、株主の構成や持ち株比率は変動しません。
一般的に、保有する株式が多ければ多いほど、その株主は会社に対して強い力を持ちます。
株主割当増資の場合、株主の持ち株の比率には変化がないため、企業は新たな株主に会社をコントロールされるおそれがなく、特定の株主が突然多くの株式を保有し、会社をコントロールする事態を避けることができるのです。
次に、株主割当増資を行う際のデメリットについて説明します。
1つ目は、株主の持ち株比率に変化がない点です。
これは会社側としてはメリットである一方、株主にとってはメリットが薄い仕組みであるといえます。
なぜなら、株主割当増資では他の株主との持分比率に変動がないため、株主間での力関係はこれまでと同じであり、出資した側の株主にとってはあまり魅力的であるとはいえません。
結果として、株主が株主割当増資を拒否してしまい、増資が実現しないケースも十分に考えられます。
株主割当増資を実現するためには、株主の十分な理解を得る必要があるのです。
また、株主割当増資によって、企業には税額の増加や煩雑な事務手続きなどの手間を課されるケースも少なくありません。
このように、株主割当増資では、発生するメリットとそれに伴うデメリットを十分に理解する必要があります。
株主割当増資の事例
2020年10月、東証2部の北日本紡績は、不振であった経営再建の糸口としてマスクなどを製造するヘルスケア事業を立ち上げました。
この新規事業の拡充は株主割当増資で対応されており、既存株主を対象に、総額約6億3300万円を発行すると発表しています。
シンガポール航空は、2020年3月、経営危機を乗り切るために、株主割り当てで資金を調達し危機を乗り切ると発表しています。
この発表でシンガポール航空は、既存2株に対し3株の割合で株主割り当てを行い、53億Sドル(約4,032億円)を調達する予定であると公表しました。
② 第三者割当増資
第三者割当増資は、既存の株主だけでなく、既存の株主を含めた特定の第三者に新株を割り当てる方法です。
前述した株主割当増資では、権限を付与する対象を既存の株主のみとしていました。
一方、第三者割当増資では既存株主以外にも新株を引き受ける権利を付与できるため、その点が株主割当増資との大きな違いとなります。
また、第三者割当増資では株主割当増資のように、持ち株に応じて割当の比率を固定する必要はありません。
なお、既存の株主に対して権利を割り当てる場合であっても、割り当て比率が持ち株数に応じた割合となっていない場合や、特定の既存株主のみに新株の割り当てを受ける権利を与えてしまった場合も第三者割当増資とみなされます。
第三者割当増資は、主に取引先の金融機関や企業、自社役員、従業員関係者から募集することが多いため「縁故者割当増資」と呼ばれることもあります。
メリットとデメリット
第三者割当増資のメリットとして、資金調達後に返済の義務が発生しない点に関しては株主割当増資と同様であるといえます。
一方、第三者割当増資は、既存株主以外にも新株の割り当てを受ける権利を与えることができるため、得意先や金融機関、自社社員など関係性の深い個人や法人を新たな株主として迎えることができます。
このようなことから、第三者割当増資は、資本業務提携を目的として行われることが非常に多い手法です。
他方、第三者割当増資においては、新しい株主が出てくるため、特定の株主に会社をコントロールされてしまう可能性が否定できません。
また、新しい株主の登場で、既存の持ち株比率が変化するため、既存の株主の力が弱くなり意思決定がスムーズに進まない可能性も考えられます。
また、株主割当増資と同様に税金や手続きの面での手間が発生します。
なお、第三者割当増資については、下記URLの記事で、より詳細な解説を行っているので、ご興味のある方は是非ご覧ください。
第三者割当増資の事例
東大発AI企業の日本データサイエンス研究所(近日中に「JDSC」に変更予定)は2020年10月、第三者割当増資で約26億円と、当座貸越契約(デットファイナンス)の締結による約3億円の枠を合わせ、総額で約29億円超の資金調達を実施したと発表しました。
また、第三者割当増資の引受先は、未来創生2号ファンド(スパークス・グループ)、東京大学エッジキャピタルパートナーズ、ダイキン工業、中部電力、SMBCベンチャーキャピタル、みずほキャピタル、三菱UFJキャピタル、複数名の個人投資家であるとされています。
物流業務プラットフォーム「オープンロジ」を展開するオープンロジは2020年10月、シリーズC資金調達の第1回クローズを完了し、第三者割当増資およびデットファイナンスにより、総額約17.5億円資金調達を発表しました。
引受先は、シニフィアンKID、新生ベンチャーパートナーズ1号投資事業有限責任組合、住友商事、Logistics Innovation Fund投資事業有限責任組合(セイノーホールディングスがアンカーLP)、ペガサス・テック・ベンチャーズ(双日CVC)、千葉道場2号投資事業有限責任組合とされています。
また、主な借入先は、あおぞら企業投資、商工組合中央金庫、日本政策金融公庫、みずほ銀行、りそな銀行などです。
遠隔操作可能な小型分身ロボット「OriHime」(オリヒメ)を開発するオリィ研究所は2020年10月、第三者割当増資により総額5億円の資金調達を実施したと発表しました。
引受先は、日本電信電話(NTT)、川田テクノロジーズであり、この資金を利用して、今後計画している新プロダクトの量産体制、ハードウェアおよびサービスの開発体制、営業・マーケティングの人材採用を強化し、外出困難者の就労支援事業の推進、分身ロボットOriHimeの普及、将来に向けた研究開発に注力すると公表しています。
③ 公募増資
公募増資とは、不特定多数の投資家から資金調達する方法のことです。
この方法は、株主割当増資のように既存株主に割り当て先が限定されたり、第三者割当増資のように特定の第三者が新株の割り当て先とはならないため、不特定多数かつ広範囲での資金調達が可能となります。
また、公募増資を行うことで、第三者割当増資と同様に既存の株主ではない新たな株主が登場します。
メリットとデメリット
公募増資のメリットは、不特定多数の投資家を対象としているため、より広範囲から資金を調達することが可能である点です。
また、募集範囲が広いため株主層の拡大や株式の流通量の増加を図ることもできます。
他方、公募増資のデメリットは、広範囲で新しい株主が登場するため、第三者割当増資以上に会社がコントロールされてしまう可能性が高まる点です。
このように公募増資は、「不特定多数の投資家から資金調達が可能である」という最大のメリットが最大のデメリットになり得る仕組みであると考えることもできます。
また、他の資金調達方法と同様に、税額の増加や煩雑な事務処理もデメリットであるといえます。
公募増資の事例
ソフトウエアの品質保証を手掛けるSHIFTは、2020年10月、海外投資家向けの公募増資で約102億円を調達すると発表しました。
調達した資金は、借入金の返済や将来的なM&Aに向けた財務基盤の強化や経営基盤安定化を目的とした資金に充てると説明しています。
電子商取引(EC)のプラットホームを手掛けるBASEは、2020年9月、海外投資家向けの公募増資で約118億円を調達すると発表しました。
なお、調達した資金は、広告宣伝費や人件費、採用費、運転資金などに充当すると公表しています。
④ まとめ
これまでの解説の通り、新株を発行して株主や投資家などから資金を投入してもらう方法である有償増資では、「株主割当増資」「第三者割当増資」「公募増資」の3種類が主要な方法とされます。
また、記事内でも解説した通り、どの手法にもそれぞれメリット・デメリットがありますがが、全ての手法に共通している点は、税金や事務手続きに関して煩雑な処理や専門的な知識が必要である点です。
このことから、資金調達を行う際には、調達の目的やそれぞれのメリット・デメリットを十分に吟味し、明確化した上で、専門家に相談しつつ慎重に対応することが不可欠であるといえます。