0.事案の概要
この裁判例は、産休・育休に入った女性の歯科衛生士Xに関し、歯科医院Yの理事長Aが、Yは退職の意思を示したとして退職手続を進めたところ、退職していないとしてXが訴訟を提起した事案に対し、裁判所がXの請求を認めた事案です。
1.ルール(規範定立)
裁判所は、解除の意思表示について、次のようなルールを示しました。
「退職の意思表示は、退職(労働契約関係の解消)という法律効果を目指す効果意思たる退職の意思を確定的に表明するものと認められるものであることを要し、将来の不確定な見込みの言及では足りない。」
これは、従業員が自分にとって不利益な意思表示をする場合に、「真に自由な意思」など、通常の意思表示よりもより明確な意思表示が求められる近時の裁判例の傾向に合致するものです。表現こそ違いますが、実質的には同じ内容です。
2.Aの証言
ここで注目されるのは、裁判所が「A理事長の供述内容は信用できない。」と断じている点です。
結局、Xが復職時期を早めることを断った点を、Aは、取り違えたか意図的にゆがめたものと疑われると認定されています。
その理由として重要と思われるものは、①Xの証言との比較で、Xの証言の方が客観的な事実の流れに合致し、Aの証言は客観的な事実の流れに合致しないこと、②AはXに対し不快感を有しており、虚偽の供述をする動機があること、③A自身、復職を認めるような言動をしていること、④Aは、一方でXのことを優秀であって職場復帰を望む、としながら強引に退職を推し進めるなど、言動が矛盾していること、です。
客観的な証拠がなく、当事者の証言だけが対立しているような事案は多く見受けられますが、①客観的な事実の流れに合致せず、④自らの供述の矛盾まで指摘されるほどひどい事件には、なかなかお目にかかることができません。
裁判所の言い方も、あたかも偽証罪が成立するかのような言い方です。
3.おわりに
この訴訟手続きの途中で、Yは解散され、訴訟は清算人によって遂行されました。
しかも、裁判所は当初、XY双方に対し、使用者都合の合意退職などを内容とする和解勧告を行っていたにもかかわらず、最終的にはXの主張をほぼ認める判決となりました。
本来であれば、Aの主張が①客観的な事実の流れに合致するのか、④自己矛盾がないか、事前に十分確認すべきだったのですが、Yにとって不利な事情の多くは、どうやら訴訟手続きの中で明らかにされたようです。実際、Yが解散したことについて裁判所に伝えられたのも、解散の登記から2か月後、Aの当事者尋問期日も、Aに先約があったという理由で一回延期され、さらに、Yの訴訟代理人は判決前に辞任しています。
Yと代理人弁護士の間のコミュニケーションがうまくいっていなかったことがわかります。
実務上のポイントとしては、自分にとって不利な事情こそ早めに弁護士に伝えなければいけません。「たられば」ですが、もしYが不利な事情も全て弁護士に事前に話していれば、訴訟手続きの初期段階での和解勧告を受けて、敗訴判決よりはマシな解決ができたかもしれません。
※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
その中から、特に気になる判例について、コメントします。
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