目次
0.事案の概要
この事案は、有期契約の従業員X(トラック運転手)が、同じトラック運転手で無期契約の従業員と比較した場合の諸手当(無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、家族手当、通勤手当)の違いを不合理と主張した事案で、最高裁は、住宅手当を除く全てについて、不合理と判断しました(皆勤手当てについては、より審理を尽くすために、高裁に差し戻し)。
1.判断基準①(個別判断)
この判例では、労契法20条の判断基準が明確にされました。
すなわち、諸手当ごとに、一つ一つ、手当の趣旨に照らして、有期無期での区別が合理的かどうかを検討するのです。例えば、皆勤手当は、皆勤を奨励する趣旨であり、これに照らすと、有期無期で差が無いから、区別は合理的でなく、したがって無効、となるのです。
もし、一つ一つ比較検討せず、全体をまとめて比較することになれば、比較のポイントは受取金額総額の比較となります。そうすると、総額何割なら大丈夫か、という雑な話になってしまうように思われますが、そのような方法は採用されなかったのです。
このように、一つ一つ対比する、という方法は、「働き方改革関連法」制定後のルールとして先に公表されている「同一労働同一賃金ガイドライン案」のルールにも合致します。したがって、このような検討方法は、今後のルールとして確立したものとなります。
2.判断基準②(均衡均等基準)
もう一つのポイントは、個別に検討する際、無期契約者と有期契約者で違いが生ずる手当や処遇に関し、前提条件が同一の場合と、前提条件が異なる場合で、判断方法が異なる点です。
すなわち、例えば皆勤手当が、無期契約者にだけ支給される場合を考えましょう。
判断基準①により、この手当の趣旨が問題になります。そして、この趣旨が、従業員の欠勤を減らす点にあるとします。そうすると、欠勤を減らす要請が、無期契約者にだけ当てはまり、有期契約者には当てはまらない、という説明が合理的に行えるかというと、通常の場合には難しそうです。
そして、このように前提条件が同じであれば、手当や処遇も「均等」でなければならない、とされました。
他方、住宅手当が、無期契約者にだけ支給される場合を考えましょう。この点は、裁判例の中でも評価が分かれています。
まず、判断基準①により、この手当の趣旨が問題になります。
仮に、この趣旨が、転勤が予定され、その度に住居を手配しなければならない無期契約者の方が、転勤を予定しない有期契約者よりも、家賃などの住居費用の負担が大きいことに配慮している点にあるとします。そうすると、住居費用負担への補助という要請が、無期契約者にだけ当てはまる、という説明にも相当の合理性が認められます。
そして、このように前提条件が異なれば、手当や処遇は「均衡」しなければならない、と指摘されています。
この最高裁判例は、「均衡」かどうかについて詳細な判断を示していないことから、「均衡」性について不明確さが残りますが、同日付の「長澤運輸事件」の最高裁判例では、定年退職後の再雇用の場合との処遇や手当の違いに関し、その合理性について、比較的明確に判断しています。したがって、「均衡」性が必要である、というルールが、最高裁判例によって採用された、と評価することが可能でしょう。
なお、さらに進んで割合的認定が可能かどうかについては、来月、検討します。
3.実務上のポイント①(個別評価)
個別に一つ一つ対比する方法を採用すると、同じ名称の手当であっても、会社によって評価が分かれてきます。
例えば、皆勤手当を考えてみましょう。
この事案では、有期契約者、無期契約者、いずれも予定通り働いてもらうことが期待されている点で違いがありませんでした。したがって、「均等」処遇が求められます。
けれども、女性や高齢者を活用している会社の事例として紹介されていましたが、例えば、有期契約者には自由に出勤してもらい、補助的な業務を、それぞれの生活に合わせて手伝ってくれればよい、という働き方を導入している場合があります。このような場合であれば、有期契約者にはそもそも皆勤という概念が当てはまらないでしょう。したがって、このような会社の場合には「均衡」処遇で良いことになり得るのです。
したがって、裁判例などで示された「手当」の名称と、そこで示された結論だけで、自社の手当の有効性を結論付けるのではなく、それぞれの会社における手当の機能や背景を踏まえた検討が必要となります。
4.実務上のポイント②(有為な人材確保)
高裁では、正社員を厚遇することで有為な人材を確保できる、というロジックを一般的に考慮することの合理性を認めていましたが、最高裁では、このような抽象的で検証できないロジックは採用されていない点が、実務上のポイントです。
もっとも、この最高裁によって差し戻された高裁が、皆勤手当には該当しないとしているものの、「契約社員と正社員との間で、能力の開発と人材の育成、活用に資することを目的とする等級・役職制度の有無や、配転及び出向の可能性などの点での相違」を設けること自体には、一定の理解を示している点の評価が、今後問題になるでしょう。
つまり、有期契約者と無期契約者の間で、人材としての活用方法が違い得る点の合理性は、一定程度評価されているのです。
この最高裁判決と、差戻審の違いは、前者では「有為な人材確保」目的が問題になり、後者では人材の活用方法の違いが問題になった点でしょう。正社員と言われる無期契約者を、有期契約者よりも広く活用すること自体の合理性はそれなりに評価されているのですから、それを突き詰めると、正社員として「有為な人材」を確保することも、それ自体がおかしい、不合理だ、ということにならないように思われるのです。
そうすると、最高裁が「有為な人材確保」目的をロジックとして採用しなかったのは、そのような目的が不合理である、ということよりも、「有為な人材確保」の具体的な検証がされていなかったことに、その理由があるように思われるのです。
5.実務上のポイント③(手当の見直し)
実務上、特に会社の歴史が長くなると、その由来もよく分からなくなってしまった手当が支払われ続けている例が多いようです。ところが、由来がわからなければ合理性の説明も難しくなります(抽象的な説明すらできなくなってしまう)。
そうすると、有期無期の不合理な差別であると批判され、会社の人事制度が違法と評価されるリスクが高まることになります。
したがって、違法な会社と批判されるリスクや、従業員とトラブルになるリスクを考慮すれば、(就業規則の不利益変更の問題が生じうるので、簡単な問題ではありませんが)この機会に、複雑になっている諸手当を思い切って整理し、あるいは廃止してしまうことも、検討の価値があるでしょう。
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