判例

労働判例の読み方「減給」【平尾事件】最高裁一小平31.4.25判決(労判1208.5)

0.事案の概要

 この事案は、組合と会社Yの間の労働協約によって、3回も賃金請求権をカットし、さらに組合を通して債権放棄の合意をした従業員Xが、労働協約は無効であるとして、その賃金の支払いを求めたものです。
 裁判所は、最後に行われた債権放棄の合意を無効であると判断し、3回行われた賃金カットについて、これがYに対する支払猶予であるいうことを前提に、一部について支払猶予自体が無効と判断し、一部について支払猶予として有効だが、弁済期が到来したと判断し、いずれについてもその支払いを命じました。その上で、遅延利息を再計算するように2審に指示し、事件を差し戻しました。

1.債権放棄の合意

 裁判所は、まず、債権放棄の合意は認められないとしました。
 これは、組合と会社の合意が、代理になっていない、という判断です。代理というからには、Xのための合意であることの明示(代理行為)と、基礎となる代理権限が必要ですが、そのいずれも主張立証がない、という評価です。
 これを、組合による一種の労働協約として検討する余地があったかもしれません。また、2審はこの合意を有効としているのですから、主張立証が全くないというのも、どこか違和感があります。
 2審が十分主張や証拠を吟味せずに認定した、という趣旨でしょうか。真意がわからない表現です。

2.支払猶予

 まず、一部について支払猶予自体を無効とした点です。
 これは、上記1と異なり、事実認定の問題ではなく、ルールの問題として処理されています。
 すなわち、「具体的に発生した賃金請求権」を、後になって(遡及適用)労働協約で処分・変更することはできない、という最高裁判例を引用し、それによって当然無効になった、という判断です。
 この結果、支払猶予がなかったことになりますので、Yはこの分の支払義務を当然に負うことになります。
 次に、支払猶予自体は有効だが、弁済期が到来した、という点です。
 これは、弁済期が明示されていなかったことから、弁済期が到来していないとした2審を変更する趣旨です。最高裁は、弁済期の明示がなくても、支払猶予の本来の目的に遡って、期限の到来を認定しました。すなわち、経営危機にあるYが、その危機を乗り越えるために賃金の支払いを猶予した、という本来の目的を認定し、その目的に照らした場合、事業を閉じたために、支払いを猶予すべき状況が無くなってしまったのです。
 この点は、「支払猶予」をした当事者の意思を、文言だけでなく、その背景から明らかな当事者の目的や趣旨に照らして解釈認定する、という「合理的意思解釈」の手法です。2審の形式的な判断よりも、その合理性が高いと評価されます。

3.実務上のポイント

 労働協約の有効性の論点もあり、倒産の危機にある会社の参考になる場合は限定的かもしれません。
 しかし、会社再建支援のために従業員の賃金を凍結した場合、その「凍結」本来の目的から、再建が不可能となれば従業員に支払うべきである、という結論部分は、労働協約ではない場合にも適用されうる法律構成です。
 すなわち、例えば従業員から個別に「凍結」の同意を取った場合には、その同意の「合理的意思解釈」の可能性があります。会社も従業員も必死な状況で、十分検討されずに「凍結」に合意してしまうでしょうが、そのような状況での合意であっても、冷静に解釈される、ということが理解できます。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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