判例

労働判例の読み方「パワハラ・セクハラ」【NPO法人B会事件】福岡高裁平30.1.19判決(労判1178.21)

0.事案の概要

 この裁判例は、障害者支援サービスを行う事業者の理事兼職業指導員が、サービスの利用者(1名は精神障害者、1名はその疑いがある者)に対してパワハラとセクハラを行ったとして、当該利用者が、法人と当該指導員に対し損害賠償を求めた事案で、裁判所がその一部を認容した事案です。

1.ハラスメントの判断枠組み(ルール)

 ハラスメントに関し、①契約関係や人間関係上の優位性のある者が、②社会通念上許容される範囲を超えて苦痛を与える行為をした場合に、ハラスメントが成立する、という基準を示しました。
 これは、人事権を有する上司がその人事権を濫用した場合にハラスメントが成立する、という典型的なハラスメントと同じ構造です。
 また、その前提としての環境配慮義務は、サービス利用契約の付随義務として発生するとしており、この点も、典型的なハラスメントと同じ構造です。

2.パワハラの認定(あてはめ)

 パワハラに関し、1審は、①「お前は俺たちの税金で生活しよるとぞ、それを全然分かっとらん」などの言動と、②「さっさと痩せろ」、体重計に乗せて「まだ80キロにならないのか」などの言動の、①②両方について、損害賠償を認めました。
 ところが2審は、①について損害賠償を否定し、②についてだけ損害賠償を認め、しかも②の損害額を減額しました。
 ほぼ同様の事実認定を前提にしていますので、両者の違いは、評価方法か価値観の違いとなります。そして、この違いは2審判決が、継続的な関係の中での①②の頻度や内容の不適切性を相対的に評価している構造に原因があるようです。すなわち、1審では、不適切な言動自体の悪質性が重視された(絶対評価)のに対し、2審では、継続的な接触の中での多くの適切な言動の中での不適切な言動の関りを重視している(相対評価)ことから、1審よりも違法性を小さく評価している、と評価できそうです。
 そうすると、実務上のポイントは、不適切な言動だけをいたずらに強調しようとする従業員側の主張立証に対し、適切な言動の比重が大きいことを、特に両者の関係性全体の具体的なイメージを明確にしつつ描いていくことになります。

3.セクハラの認定(あてはめ)

 セクハラに関し、法人として、懲戒規定などを設けただけでは足りない、環境を整備しなければならない、と評価しています。
 また、セクハラの被害者の証言も、単に精神障害又はその疑いがある、という理由で信頼性を評価するのではなく、証言内容やその状況などを詳細に吟味したうえで評価し、合理性を認定しています。
 実務上のポイントは、単に物的証拠がないとか、証言の信頼性が低い、などという一般的抽象的な議論ではなく、具体的な事実や証拠と、それに基づくストーリーの合理性やリアリティが重要である、と言えます。

4.その他

 記者会見でハラスメントなどの問題提起をした点について、名誉棄損に該当するが、違法性がない、と判断されています。
 表現の自由と名誉棄損に関する一般的な判断枠組みに従った判断で、①公益目的と、②表現の真実性がポイントになります。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
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