0.事案の概要
この裁判例は、複数回のハラスメントを行った大学教授を懲戒解雇した事案で、懲戒解雇を無効とした事案です。
1.手続的な瑕疵の有無
この事件では、諭旨解雇に同意するように求められた教授が、同意を拒んだところ、その場で懲戒解雇が申し渡されました。これは、就業規則の定める懲戒事由のうちの、退職願の提出の「勧告に応じない」場合に該当する、というのが大学側の主張です。
裁判所は、諭旨解雇への同意を求めてから、懲戒解雇を申し渡すまで、1時間しかないこと、他方、教授としても家族や弁護士に相談したいと思って当然であること、などから、「勧告に応じない」に該当しない、として、手続的な瑕疵があると評価しました。
これは、従業員に十分な機会を与えることや、形式的な同意ではなく真の同意を問題にする裁判所の傾向から見て、特に問題のない判断と思われます。
実務上は、形式的に考える機会を与えただけ、と評価されないように、充分な機会を与えることが、重要なポイントになります。
2.手続的な瑕疵の程度
さらに裁判所は、手続的な瑕疵があったとしても、この事案では瑕疵の程度が小さいと評価し、この手続的な瑕疵を理由に懲戒解雇が無効になるのではなく、結局、懲戒事由の悪質性などに留意して、懲戒解雇の悪質性が判断される、としています。
すなわち、(理論的にはともかく)実務的に見た場合には、懲戒解雇事由があることと手続的な瑕疵がないことの2つは、独立した要件(つまり、2つの要件があるということ)ではなく、両者は総合的に判断される(つまり、1つの要件であるということ)と整理できるでしょう。
ここで、裁判所が手続的な瑕疵の程度が小さいと評価したのは、全く懲戒事由がないわけではないこと、諭旨解雇と懲戒解雇は、いずれも教授の地位を喪失させる点や、会社の一方的な処分である点で共通すること、仮に懲戒解雇を違法としても、教授に十分な時間を与えて再度懲戒解雇することになるだけで、数日の猶予があるだけの違いしかないこと、が理由とされます。
多くの会社で、諭旨解雇は普通解雇に相当し、むしろ諭旨解雇は合意に基づく解雇(すなわち、会社の一方的な処分ではない)に位置付けられているようです。この場合には、仮にこの裁判例を参考にするとすると、普通解雇と懲戒解雇の間での問題になりますので、注意しましょう。
3.ハラスメントの認定
この裁判例では、ハラスメントの定義をすることなく、ハラスメントに該当するかどうかを判断しています。厳密には、「ハラスメント」該当性、というよりも、就業規則で禁止された言動、すなわち、この大学の就業規則の規定によれば、ハラスメントを含む不適切な言動の有無が検討されているのです。
そこでは、「業務の適正な範囲」を超えたかどうか、が判断基準とされ、問題とされた24の言動について、証拠を基に一つ一つこれに該当するかどうかを検討し、そのうちの5つについて懲戒事由に該当する、と評価しています。
実務上は、まずは就業規則の規定を丁寧に確認する、という基本的な対応を忘れないこと、ハラスメントの有無は、被害者の主観で決まるのではなく、社会一般的な常識によって評価されること、その認定のためにできるだけ具体的詳細に当該言動を再現し、証拠を準備すること、が重要なポイントになります。
4.懲戒解雇の有効性
そのうえで裁判所は、懲戒解雇は懲戒事由との均衡を欠き、社会通念上相当性を欠くとして、懲戒解雇を無効と評価しました。
その根拠として裁判所が特に指摘している点は、ハラスメントに該当する言動の数が少ないことだけでなく、悪質性が高くない(いずれの言動もそれなりに業務上の必要性がある、ことさらに嫌がらせをする目的ではない)こと、被害の程度も大きくないこと、教授にとって言わば初犯であること、教授は反省していること、他方、懲戒処分は経済的な損失だけでなく社会的な損失も教授に与えてしまうこと、です。
実務上は、①被害者の事情(被害の程度)、②加害行為の違法性の程度(ハラスメント行為の数、業務場の必要性、不当な目的の有無)、③加害者の事情(懲戒解雇の影響、再犯可能性(初犯かどうか、反省しているかどうか))、という3つに分類できるでしょう。すなわち、懲戒解雇の有効性を検討する際には、①被害者と③加害者の②関係、という3つの視点から、様々な事情を拾い上げて検討を加えれば、評価すべき事情を広く網羅することが可能になります。
※ JILA(日本組織内弁護士協会)の研究会(東京、大阪)で、それぞれ、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
その中から、特に気になる判例について、コメントします。
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