0.事案の概要
この事案は、いわゆる労働判例ではありません。障害者を預かる施設が、その管理の不手際によって重度の知的障害者が施設を出てしまい、施設から離れた山中で死体となって発見された事件で、施設が負うべき損害賠償の金額が問題となった事案です。
裁判所は、重度の知的障害者でも、長い人生の中で就職し、収入を得た蓋然性が高いとして、逸失利益の賠償責任を認めました。
1.判断枠組み(ルール)
裁判所は、「個々の知的障碍者の有する稼働能力(潜在的な稼働能力を含む)の有無、程度を具体的に検討したうえで、その一般就労の蓋然性の有無、程度を判断する」という枠組みを示しました。
たしかに、平均賃金での逸失利益の算定は、当該被害者が仕事を続けた場合を仮定しているものの、健常者であっても仕事が本当に続いていたであろうという過程のもとで計算します。絶対ではなく、蓋然性であり、その意味で知的障害者の場合にも「蓋然性」を判断枠組みに持ってくることは、合理的でしょう。知的障害者であっても就職し、収入を得る蓋然性の高い人はいるのであって、それが「絶対」ではないという意味では、健常者との差異は相対的だからです。
2.実務上のポイント
裁判所は、障害者雇用が促進されている状況で、実際に障害者雇用が増えていること、他方で、当該被害者について、特定の分野、範囲に限っては高い集中力があること、潜在的な能力もあり得ること、などを根拠に、「蓋然性」があると評価しました。
さらに、近時の障害者雇用政策では、一定規模以上の会社は障害者の一定割合以上の雇用が義務付けられており、障害者の中でも仕事を任せやすい種類・程度の障害者は、会社による取り合いの状況になっている、とさえ言われます。このような状況が、障害者の逸失利益の認定に大きな影響を与えていると思われます。
障害者について逸失利益の賠償が認められたことから、障害者を巡る労働事件でも、一面で会社の責任が重くなる場面が考えられます。しかし他面で、例えば解雇や更新拒絶の合理性が争われる場面での解決の際、転職の機会を確保するための会社側のサポートや負担について、健常者と比較して過大な負担をする理由が薄くなった、と言えるかもしれません。
事案としては下級審の事例判決にすぎず、実際に大きな影響はないかもしれませんが、逸失利益、というフィクションを前提にしてきた日本の不法行為制度の構造そのものを改めて再認識する機会になりました。
※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
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