0.事案の概要
この裁判例は、年功序列型の賃金体系から成果主義型の賃金体系に変更した結果、給与減額となった従業員が、給与規定の変更の無効を主張したところ、この主張を退け、給与規定の変更を有効と判断しました。
1.そもそも変更して良いのか
従業員側は、①会社が苦境に陥っているわけではなく、②現行の賃金規程で実害が発生しているわけでもなく、③人件費抑制が目的であって、変更自体が許されないと主張しました。
しかし、①人件費抑制などの目的であれば危機的状況であるかを厳格に考えなければならないが、そうでなくても合理的な賃金配分の見直しの場合には、経営難等の事情がなくても、雇用施策の一環として行えると判断しました。
また、②雇用政策は経営判断に委ねられる部分が大きいこと、営利目的法人ではなくても、相談内容の高度化など、業務への要求水準が上がっていること、実際に現行制度への不満も見受けられ、評価制度と賃金制度を一体として改正知る合理性があること、賃金配分の見直しに伴い、給与が増える者と減る者が出ることは不可避であること、などから、実害がなくても変更できないわけではないと判断しました。
また、③人件費総額がほとんど減少していないこと、を主な理由に、人件費抑制が目的とは考えがたいと判断しました。
以上の検討を踏まえ、賃金体系の変更には経営判断として一応の合理性があり、変更の必要性を認めることができるとしました。
2.本件変更は有効なのか
まず、どのような枠組みで評価されるのかが問題になります。
この点、この裁判例では、事業継続のための変更ではなく、「経営判断として合理的な範囲内であるという観点からの変更の必要性」が認められる事案である、という前提から、①労働者の受ける不利益の程度、②内容の相当性、③その他の事情を、④総合的に考慮して本件変更に合理性を認めることができるかどうかを検討する、と示しました。
そのうえで、①原告従業員の給与減額は決して小さくないものの、制度そのものの問題ではなく制度の運用の問題であること、一度減額されてもその後の努力次第で増額の余地も残されており、単純に制度変更時の減額幅をそのまま制度変更の合理性の判断に投影させるのは相当ではない、等と示しました。
また、②成果主義自体、日本でも受け入れられつつあり、制度自体に一定の合理性があること、この会社の制度にも合理性があること、人事評価制度との連動にも合理性があること、等から内容の相当性も肯定的に評価しています。
さらに、③経過措置が設けられ、その間に2回の昇進・昇給の機会があること、特定の年齢層だけが不利益ではないこと、組合や従業員への説明・意見の反映などが行われていること、等からその他の事情も肯定的に評価しています。
そこで、④これら事情を総合的に評価して、裁判所は就業規則の変更を有効と評価したのです。
3.実務上のポイント
① 判断の枠組み
まず、判断の枠組みです。
ここでは、そもそも可能なのかどうか、という問題と分けて検討しましたが、別の整理も可能です。
つまり、会社側の事情として上記1(変更可能性)、従業員側の事情として上記2①(労働者の不利益)、両者に関わる事情として上記2②(その他)、と整理すれば、天秤の両側に各当事者の事情を載せて比較する、という分かりやすい構造になります。
こちらの方が分かりやすいかもしれません。
② 対立する利害
次に、より根本的な視点ですが、対立する利害です。
この裁判例では、従業員側の不利益は、努力次第では給制度よりも高額の給与を支給される可能性があること等を根拠に、金額で比較すべきでない、としています。
しかし、退職しなければ自然と給与が上がる、という制度と、努力しなければ給与は上がらない、という制度では、やはり一種の「期待権」として不利益を受けている、というのが経済的な評価です。
すなわち、変動幅が小さく定期的に昇給する制度と、変動幅が大きく昇給も減給もあり得る制度の比較です。変動が小さいことと、昇給減給両方あることは、トレードオフの関係にあることがわかりやすいですが、定期的昇給についてまで、本当にトレードオフの関係があるのか、経済的に本当に説明がつくのか、微妙な点が残されます。定期昇給部分を残したままでの配分見直し(安定から変動への移行)も、技術的には不可能ではないはずだからです。
人件費予算の中の定期昇給分も、変動する給与の原資とすることは、厳密に経済的に見ると従業員の「期待権」(法的な意味ではなく)を奪うことですので、(表現上はともかく)それなりに入念に合理性が検証されている、と評価されるのです。
③ 先例としての評価
以上の分析から見ると、まず、危機的な状況でなくても制度変更できることが明らかにされました。
次に、その際、会社側の事情、従業員側の事情、変更の合理性、プロセス、等が検証されます。
但し、実際には不利益を被る従業員も出ることや、さらに本件事案のように定期昇給の期待が奪われることも考慮すれば、単純な優劣の比較ではなく、相当程度の合理性が必要となります。
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