0.事案の概要
この事件は、基本給の他に業務手当が支払われていた薬剤師に関し、(雇用)契約書に「月額562,500円(残業手当含む)」「給与明細表示(月額給与461,500円 業務手当101,000円)」と記載され、採用条件確認書に「月額給与 461,500」「業務手当 101,000 みなし時間外手当」「時間外勤務手当の取り扱い 年収に見込み残業代を含む」「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」と記載され、賃金規程に「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして、時間外手当の代わりとして支給する」と記載されていた事案で、残業代の支払いを二審判決が命じたところ、最高裁がこれを破棄し、差し戻したものです。
1.ルール(二審と最高裁の違い)
最高裁は、二審に再審理を指示しただけであり、結局、最高裁の示したルールを前提にしたとしても、同じ結論になる可能性が残されていますから、二審と最高裁が逆の結論を出したと結論付けることはできません。
けれども、最高裁は二審と明らかに異なるルールを前提としています。
このルールの違いが、ポイントとなります。
まず、二審が採用したルールです。
①時間外手当が業務手当を超えたこと(超えないこと)を従業員が認識して直ちに請求できる仕組みがあること、②この仕組みが機能していること、③基本給と業務手当のバランスが適切であること、④不適切な出来事の温床とならないこと、の4つの要件が必要としました。これに基づき、原告の請求を認容したのです。
次に、最高裁が採用したルールです。
①業務手当が時間外労働等の「対価」であること、②「対価」性は、具体的事案に応じ、雇用契約書等の記載内容、使用者の従業員への説明内容、実際の勤務状況等を考慮して判断すること、という枠組みを示しました。
このように見れば、最高裁のルールは、二審のルールを緩和した(会社にとって)ことが容易にわかります。最高裁は、二審のルール③④を要求していないだけでなく、①②のうち、従業員による請求可能性まで要求していないからです。
2.従来の判例との関係
以上は、前置きです。
本当に重要なのは、これまでの最高裁判例を修正しているようにも見える点です。
すなわち、これまでの「定額払」方式の合理性は、最近の裁判例・判例が積み上げられており、一般に以下の2要件が必要と言われていました(整理方法にもいろいろあります)。①(判別可能性)基本給部分と割増賃金部分が判別できること、②(精算)実際の割増賃金が割増賃金部分を超えた場合には差額が支払われること、です。
これまでの最高裁判例との関係については、いろいろな整理方法が考えられます。まずは、理論的にあり得る両極端を見ておきましょう。
すなわち、1つ目は、これまでの最高裁判例は「判別」できることを要求していて、従業員の予見可能性を重視していた(高裁の①がこの理解に近い)のに対し、この判例では、契約書などの記載だけでなく、契約時の説明なども考慮して検討していることから、「判別」できなくても「対価」であればよく、その分、従業員の予見可能性が軽く見られている、という整理方法です。
これに対し、この最高裁判決の示した2つ目は、単語として「判別」「対価」の違いがあるわけでなく、何をもって「判別」「対価」を認定すべきであるのか、という判断の枠組みが不明確だったところを明確にしたのであって、これまでの最高裁判例を変更していない、という整理方法です。
差戻後の二審が、この両者に決着をつけることはないでしょうが、実際に最高裁が示した枠組みを使うとどのような結論になるのか、が注目されます。様々な事情がどのように評価され、この枠組みがどのように活用されるのか、によって、実際の運用の方向性が見えてくるからです。
3.実務上のポイント
これまでの最高裁判例の1つ目の要件と言われてきた「判別可能性」が、否定されたようにも見えますが、運用次第では、従業員の予見可能性が重視され、これまでの判例・裁判例の傾向と異ならない流れになる可能性もあります。
従業員が追加残業代を請求できるかどうか、分かりにくいけれども、しかし残業代を固定額で払うことは明記されている、というグレーな場合は、相変わらずグレーであり、会社にとって白になったわけではありませんので、安易な対応を拙速に行わないことが重要です。
※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
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