判例

労働判例の読み方「公務員・整理解雇」【国・厚生労働大臣(元社保庁職員ら)事件】東京高裁平30.9.19判決(労判1199.68)

0.事案の概要

 この事案は、社保庁廃止に伴い、厚労省や日本年金機構に採用されず「分限免職処分」となった元職員ら3名が、処分の取消しを求めたものです。1審判決は、このうち2人の処分について取消しを認めませんでしたが、1人の処分については取消しを認めました。
 これに対し、2審判決は、3人すべての処分について取消しを認めませんでした。

1.判断枠組(ルール)

 民間企業であれば、整理解雇に該当する状況であり、いわゆる「整理解雇の4要件」が適用されるべき事案です。すなわち、民間企業の場合には、①人員整理の必要性、②解雇回避努力義務の履行、③被解雇者選定の合理性、④解雇手続の妥当性によって、解雇の有効性が判断されるのです。
 ところが、特に社保庁廃止に関する訴訟が典型的な例ですが、役所の統廃合などに伴う解雇(分限免職処分)については、この「整理解雇の4要件」の適用が否定されています。この裁判例も、同様に「整理解雇の4要件」の適用を否定しました。
 その中で、特に注目されるのは、実質的に「整理解雇の4要件」と同じ判断枠組みが採用されたようにも見える点です。
 すなわち、まず、②に関連し、社保庁長官と厚労大臣は分限免職回避努力義務を負う、と判断しました。
 さらに、③④に関連し、「公正な選定義務」違反の有無や、「協議・説明義務」違反も検討されています。もっとも、この点は、慎重な検討が必要です。というのも、形式的にはこれらの義務を判断する必要が無いような言い方をしつつ、実質的にはこれらの義務に関する重要なポイントについて判断を示しているからです。例えば「協議・説明義務」については、義務の存在を否定しつつ、「適時に必要な情報提供」をしたと事実認定しています。形式上は義務の存在を否定しているのに、実質的にその義務違反の有無を判断している、という少し分かりにくい判断がされています。「公正な選定義務」も、同様に、一方で、形式的には検討するまでもない(画一的な対応だから)、という言い方をしつつ、特に問題とされた、懲戒処分者に対する二重処分ではないか、という問題について言及する等、実質的にその義務違反の有無を判断しており、やはり少し分かりにくい判断がされています。
 また、①に関連し、分限免職事由の国公法784号該当性も検討されています。
 つまり、①人員整理の必要性は、国公法784号該当性によって、②解雇回避努力義務の履行は、分限免職回避努力義務の履行によって、③被解雇者選定の合理性は、公正な選定義務の履行によって、④解雇手続の妥当性は、協議・説明義務の履行によって、それぞれ判断されていると評価できるのです。
 このように見ると、実質的には「整理解雇の4要件」と同様の枠組みが採用された、という評価もできそうです。そして、この事案は上告されたものの、棄却・不受理となったために、今後は、2審判決の示したこの判断枠組が先例として重要な役割を果たすことになると思われます。
 とは言うものの、例えば、①に関し、国公法784号は、リストラが行われる事実だけが問題になり、人員整理の必要性のように、具体的で実質的な評価が行われることを予定していません。また、一般に公務員の処遇の変更については、契約法的な発想(会社側の一方的な意思表示には限界がある)がなく、行政行為の裁量権の問題という発想(一方的な裁量行為だが、例外的に濫用に該当する場合だけ無効である)があり、有効性が広く認められる傾向があると言われています。
 このような違いが、実際の事案への適用にあたって、どのように影響を及ぼすのか、が注目されます。すなわち、民間企業に関する「整理解雇の4要件」と同様の運用になっていくのか、それとも民間企業よりも容易に有効性が認められる運用になっていくのか、について注目されるのです。

2.X3(あてはめ)

 このような判断枠組みの傾向について、将来を占ううえで参考になるのが、原告のうちの1人(X3)に関する裁判所の判断です。1審と2審で逆の結論になったわけですが、そのことは、裁判官ですら評価が分かれる問題であることや、その点について、相当の先例性のある判断が示されたことを意味するからです。
 この点、1審は、X3の健康状態について、年金機構による採用基準が求める健康状態にあった、と評価したのに対し、2審は、医師の診断の経緯(8月の時点で、条件付で職務遂行可能とされたのが、9月から2か月間の休務加療が必要と診断された)などから、採用基準が求める健康状態になかった、と評価しました。
 ここで、今後の動向に関わる問題として注目されるのは、X3の解雇(分限免職処分)に至る過程です。すなわち、機構側は、いきなり正規職員として採用できないが、准職員として採用できると決定したのに対し、X3がそれを拒否した、という経緯です。
 2審は、この経過に加え、その後、准職員から正規職員になった者が実際に存在する(78名中6名)ことなども指摘し、結果的に、裁量権を逸脱していない、と結論付けています。
 このように、上記①~④の問題については整理されていませんが、健康状態がどうだったのか、という実態に関する事実だけでなく、特に④に相当する事情(経過)まで考慮して合理性を判断していることを考慮すれば、行政裁量の濫用、という視点自体は変わらないものの、実質的な意味での判断方法は、民間企業での解雇問題などのように、プロセスを重視した判断方法に近づいている、という評価も可能なように思われます。

3.実務上のポイント

 2審では、健康状態を判断基準に加えて良いのか、というそもそも論も議論されました。
 結果的に裁判所は、これを不合理でないと評価していますが、理由は明確にされていません。
 民間企業の発想でいけば、労働契約とは、従業員による労務の提供と、会社からの賃金の提供を内容とする契約であり、健康上の理由で労務が提供できないのであれば、労働契約上の債務不履行・履行不能に該当するし、労働契約締結前であれば、労働契約を締結するかどうかを判断するうえで、健康状態を考慮することに、特に問題はないところです。
 けれども、例えば会社の業務によって疾病が生じている場合になると解雇制限が生じますが、従業員の整理解雇に関わる新規採用など、単純な新規採用と異なる状況にあり、新規採用と解雇の関係を無視できない場合には、異なる配慮がされる可能性が高くなります。
 行政裁量の問題なので、理論的な背景が異なりますが、それでも2審が、民間機関の採用に関する健康状態の条件の問題は民事問題であり、行政行為である分限免職処分と無関係である、健康な人だけ雇うことに何の問題があるのだ、などと単純に切り離さずに、採用のプロセス(民事)を考慮して、処分の効力(行政)を判断しているのです。
 この点も、民間企業の場合の判断構造と実質的に同様の判断をしていると評価できそうなポイントです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
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