判例

労働判例の読み方「安全配慮義務」【化学メーカーC社(有機溶剤中毒等)事件】東京地裁平30.7.2判決(労判1195.64)

0.事案の概要

 この事案は、化学物質を取り扱う検査分析業務を行っていた従業員Xが、有機溶剤中毒・化学物質過敏症に罹患したとして、会社Yに対して損害賠償を請求した事件で、裁判所はYの責任を認めました。

1.ルール

 この事案では、安衛法とこれに関する諸規則が、私法上、すなわちYXに対する関係上、安全配慮義務の内容になり得る、としたうえで、局所排気装置等設置義務、保護具支給義務、作業環境測定義務、外気面積確保義務、温度管理義務、安全衛生教育義務、貯蔵管理義務、配置転換義務が認められる、としました。
 実際に義務違反を認めたのは、このうち、局所排気装置等設置義務、保護具支給義務、作業環境測定義務です。これらの義務について、義務違反がある、と認定しています。
 ここで特に注目されるのは、これらの義務を当然に安全配慮義務の一部と認定していない点です。
 例えば、局所排気装置等設置義務については、公的な規制の趣旨を確認し、それが当該事案にも当てはまることを確認したうえで、安全配慮義務の内容になることを認めています。また、保護具支給義務については、有機ガス用防毒マスクの設置義務は認めましたが、耐熱・耐溶剤機能をもった手袋の設置については、本件事案と関係がない(本件事案は吸入による有機溶剤の曝露が原因であり、皮膚への障害や皮膚からの吸収が問題になっていないから)として、検討対象外としています。
 このように、安全配慮義務違反として具体的に争われている問題に関係のない義務については、公的な義務であっても、安全配慮義務の内容としない(当該事案との関係で)、という判断を示したのです。

2.実務上のポイント

 難しいのは、医学的な認定です。
 裁判所も、「化学物質過敏症は、いまだ原因、病歴、治療法等が完全に解明されておらず、不明な部分が多い」と認定し、実際、断定的な判断をしていない医師の診断書も存在します。
 けれども裁判所は、Xの諸症状が、それぞれ化学物質過敏症の症状に合致することや、その原因と疑われる事情も合致することを認定したうえで、Yの主張がこれを左右するものではない、したがって、因果関係がある、と認定しています。
 科学的に100%正しいことが「証明」なのではなく、社会的常識に照らして正しいことが「証明」なのですから、医学論争ではない判断がなされます。そして、ここではいわゆる「事実上の推定」と似た判断構造が採用されています。
 すなわち、典型的な症状とこれだけ重なるので、普通なら因果関係があると思うよね、Yもそれをひっくり返せるほど説得力ないよね、というロジックです。
 科学的な論点の場合、どこまで100%に近づけるのか、という点に力が入ってしまいますし、それも大事な議論ですが、それだけでなく、ここで示された判断方法のように、一歩引いた議論も重要なのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
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