判例

労働判例の読み方「配転」【相鉄ホールディングス事件】横浜地裁平30.4.19判決(労判1185.5)

0.事案の概要

 この裁判例は、相武鉄道の持ち株会社(親会社)から相武バス(子会社)に出向していたバス運転手らに対する、親会社への復職命令が違法であることを前提に、復職後に与えられた業務(トイレ掃除など)に従事する義務がないことや、損害賠償を求めた事案に対し、バス運転手らの請求を否定しました。
 論点は多岐に亘りますが、特に、2つのポイントを検討します。

1.権利濫用

 1つ目は、権利濫用の判断と職種限定合意の関係です。
 それはどういうことかというと、この裁判例は、一方で、職種限定合意はなかった、したがって、バス運転手などを他の職種に変更すること自体は構わない、と判断しました。他方で、会社が人事権を濫用したかどうか(バス運転手をそれ以外の職種に変更させることが権利濫用かどうか)を判断する際に、再度、職種限定に関する事情を考慮しています。
 二重評価であって、おかしい、という意見もあるでしょうが、以下の理由から、特に問題ないように思われます。
① 背景の違い
 まず、背景が異なります。つまり、職種限定合意は、会社と従業員の合意した意思を尊重し、そこに権利義務を作り出すものです。他方、権利濫用は、総合判断によって「権利義務」だけの形式的な結論を修正するものです。背景が異なれば、基準も異なります。同じ事情を二回考慮することを積極的に要求するものではありませんが、二回考慮することを許容する根拠にはなります。
② 判断基準の違い
 次に、一般的に、両者は基準が異なります。職種限定合意は、合意の有無という主観的な、単一の事情(と言っても、間接事実を総合的に評価する場合はありますが)によって決まるのに対し、権利濫用は、一般的に、会社側の事情、従業員側の事情、その他の事情をバランスさせながら、総合的に判断します。
③ 権利濫用の役割
 さらに、この事案での権利濫用の役割を見た場合、「意思」部分を外すべき理由はないように思われます。すなわち、ここでの権利濫用は、「意思」だけで決めるルールの行き過ぎを是正する安全弁として機能します。つまり、「意思」に偏重した歪んだ結果かどうかを検証すべき場面です。そして、偏重かどうかは、「意思」を他の事情に比較して重視しすぎているかどうか、ということであり、「意思」とその他の事情との相対的な比較が中心になるべきだからです。
 どこまで一般化できるのか、はともかく、合意の有無で検討した事情が、権利濫用の判断で再度考慮されることも、この事案では特に問題がなかったと評価されます。

2.労働協約

 2つ目は、労働協約違反、というバス運転手らの主張です。
 これは、組合側の要求に基づく労働協約で、グループ再編の際のルールとして、親会社から子会社に出向になっても、そのまま子会社に「転籍」されないことと、給与の金額を維持することが約束されました。
 これに対し、会社側が、①そのまま子会社に転籍する(給与差額分を退職金として補填する)、②退社する(退職金が支給される)、③親会社に戻る(その後、具体的な勤務先となる子会社に出向する)、の3つのプランを示した(無回答は③とみなす)ところ、これに反対するバス運転手らと、1年近く労働委員会で協議したものの、話がまとまらないと判断した会社側が、③のプランを実行したのです。
 給与は維持されたまま、③親会社に戻され、次の職場が決まるまでの短期間、清掃などをやらされたことなども問題にされましたが、結局、バス運転手らの請求は否定されました。
 グループ再編当初の労働協約が、その後の状況変化(バス事業がうまくいかず、バス事業が再編され、親会社のバス事業がなくなってしまったため、親会社に戻るとバス運転手を続けられなくなる状況になったこと、など)をどこまでカバーしているのか、という意味で、労働協約の解釈が問題になった、と評価できます。
 そこで注目すべきは、労働協約締結時の意図です。
 バス運転手らにとって、親会社に戻れることと、給与の金額が維持されることが重要であり、バスの運転手のままでいられることは、重要度としては一段低かった、と評価できます。というのも、労働協約締結時点で、すでに、バス事業が子会社に集約されることが前提となっていたからです。つまり、親会社のバス事業が無くなることを知っていながら、親会社に残る選択肢を確保しつつ、バス運転手として子会社に残る選択肢を確保していないからです。
 この経緯を見れば、バス運転手らは、「バス運転手」としての仕事よりも、「給与」や、(親会社勤務という)「ステータス」を重視した、と評価されます。バス運転手としての「仕事」にこだわるのであれば、親会社への復帰ではなく子会社に「転籍」しつつ「給与」を守る、などの選択肢もあったはずです。

3.実務上のポイント

 とは言うものの、交渉は水物です。
 判決では分からない駆け引きもあったでしょう。労働協約の言葉だけを見ると、バス運転手としての「仕事」より「給与」「ステータス」が重視されたように見えますが、バス運転手としての「仕事」が優先されるべき意味だったのかもしれません。あるいは、玉虫色な合意の中で、ルールを明確に定められなかったのかもしれません。
 けれども、結果的にバス運転手としての「仕事」よりも、「給与」「ステータス」が重視されるような労働協約上の表現が、会社側の示した上記③のプランの合理性について解釈上の対立を作り出し、トラブルを長期化させてしまいました。
 労働協約に、その場のトラブル解決だけを求めるのではなく、さらに将来のトラブル予防を求めるのであれば、バス運転手らの求めるものを全て明確に把握し、それらが両立しない事態まで想定した利害調整のルールを意識して議論し、合意しておくべきだったのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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