判例

労働判例の読み方「解雇・濫用」【日本アイ・ビー・エム(解雇・第5)事件】東京地裁平29.9.14判決(労判1183.54)

0.事案の概要

 この裁判例は、ロータスからIBMが事業譲渡を受けたことに伴って、ロータスから転籍してきた従業員が、Lotus Notes Domino等の障害について、顧客への技術的サポートを提供する業務などを担当していたところ、その勤務状況が芳しくないことを理由とする解雇について、①解雇は無効(したがって、雇用契約の存在を確認、賃金賞与の支払を命令)、②不当労働行為(従業員の不利益取扱や組合活動への不当な干渉)は否定、③不法行為(即日退去命令の違法性)は否定、と判断したものです。

1.組合活動との関係

 この裁判例は、組合活動と解雇の関係について、バランスを考慮した、非常に微妙な判断をしています。
 すなわち、①解雇無効との関係では、新たに担当させた業務を直ちに開始せず、組合執行委員としての活動に支障がないかどうかを組合の団体交渉を通して確認していた間、新たな担当業務を行わなかったことが、不当な拒絶ではないか、と問題になりました。
 しかし、その後業務を行うと表明したこともあり、不当な拒絶とは言えない、と評価しています。団交事項に関する人事命令を強制できないことになります。
 この点は、従業員側に配慮しています。
 他方、②不当労働行為との関係では、9回目の交渉で、従業員が担当業務を行う旨を表明した日の翌日に解雇予告をしたことが、不当労働行為ではないか、と問題になりました。
 しかし、組合活動を会社が嫌っていたわけではないなど、組合活動と解雇の関連性がないこと、解雇しようとする判断に相当の合理性がある(結果的に、①のように解雇無効と評価されるのだが)こと、業績不良による解雇の可否は団交事由でなかったこと、などから、不当労働行為でない、と評価しています。団交に誠実に対応すれば、団交以上の拘束は受けないことになります。
 この点は、会社側に配慮しています。
 実務上のポイントとしては、組合との交渉に誠実に対応しなければならないが、逆に誠実に対応すればそれ以上の拘束は受けないことが明らかになったので、団交事項の範囲を明確にしつつ、誠実に交渉をする、という点を指摘できます。
 もっとも、会社が命じた新たな担当業務を実際に担当する、と従業員が言ってきたのに、間髪をいれずに解雇通知した点は、解雇無効の根拠となっています。団交事項だけが問題になるのではなく、その前後の状況も考慮しなければ、判断を誤りますので、注意が必要です。

2.解雇無効

 この裁判例は、①解雇無効に関し、会社側にとって非常に厳しい評価をしています。
 すなわち、会社は数年間かけて、評価の低い当該従業員に、目標設定、人事考課、降格処分、担当業務の変更等を行っており、評価の内容だけでなく、そのプロセスも相当合理性が高いものでした。実際、裁判例も、解雇事由に該当すると会社が判断したことも、「およそ根拠を欠いたものであるということはできない。」と評価しています。
 しかし、当該従業員の業務内容が改善されてきていること、新たな業務を当該従業員に実際に担当させることを、会社自身も可能と評価したうえで担当を命じたこと、その後、当該従業員がその業務を行うことを申し出たのに、それに何も回答していないこと(上記1末)、を考慮して、解雇を無効としました。
 簡潔な記述なので、こちらで意図を読み取らなければならないのですが、この事案では、会社がもうワンチャンス与えるつもりだったのだから、実際にもう一回与えなければならない、という評価が前提にあるように思われます。
 実務上のポイントとしては、一度機会を与えると言った以上は、実際に機会を与えなければ、会社にとって不利益に評価される(という先例が出た)、という点でしょう。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
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