判例

労働判例の読み方「復職減給」【一般財団法人あんしん財団事件】東京高裁平31.3.14判決(労判1205.28)

0.事案の概要

 この事案は、業績の悪化によって、①総務的な業務を担当していた女性従業員らを営業担当にして、人事異動させる内示をしたこと、②狭心症・不安障碍によって休職していた管理職者を、従前の地位に戻せるのかを見極めるために降格減給したこと、その他、様々な論点について判断された1審判決(そのうち、①は一部請求認容、②は請求否認)に対し、従業員らXと会社Yの両者が控訴し、特に①②の2点について判断を示しました。
 裁判所は、①を変更し、①②いずれもXらの請求を否定しました。

1.①について

 1審は、Xらの中には介護などの関係で転勤が難しい従業員がいるのに、希望の聴取や説明を欠くなど、相当性を欠くとして人事権の濫用に当たる、と評価しました。
 けれども、2審では、これらは人事異動の内示にすぎず、実際、その後転勤の内示は撤回されているため、慰謝料請求権の発生原因がない、と評価しました。
 結果的にXの請求は否定されましたが、Yによる配慮が足りなかったことは裁判所も指摘しており、従業員の生活に対する配慮や、人事制度変更後の運用については、慎重な対応が必要です。

2.②について

 Yの就業規則には、「復職にあたって旧職務と異なる職務に就いた場合は、職務の内容、心身の状況等を勘案して給与を決めることとする」という規定がありました。
 この規定に基づき、Yは、Xの様子を見るために管理職から営業担当に降格させて復職させました。裁判所は、当該従業員は営業の管理職者として電話勧誘等の支援指導等をして営業活動に習熟していたこと、などを理由に、「一時的に降格させて管理職の職務に耐え得るかどうか評価を加えることが人事権の濫用に当たると認めることはでき(ない)」と判断しました。
 休職から復職する際、元の業務を遂行できるかどうかが、多くの事案で問題になりますが、この事案のような解決が可能となれば、従業員にとっても、降格減給の危険がある代わりに、元の健康状態に戻っていないことを理由に復職が否定される危険が減らされるメリットがあります。より柔軟な運用が可能になるのです。
 休職制度の設計上、参考になる判断です。
 問題は、この規定の法的な意味です。
 この点、片山組事件最高裁判決(最一小判H10.4.9労判736.15)が、復職の判断枠組みを示していますので、この裁判例をこの枠組みの中でどのように整理されるべきなのか、という点を考えてみましょう。
 片山組事件最高裁判決は、①職種限定がない場合、②休職時の業務について労務の提供ができなくても、③当該労働者が配置される現実的可能性がある他の業務の労務を提供でき、④その提供を申し出ているならば、⑤債務の本旨に従った履行の提供がある、と判断しています。これに照らすと、ここでの裁判例は、④の部分について、就業規則の規定が従業員からの申し出に替わるものとなる、という評価が可能でしょう。
 すなわち、降格減給が生じるとしても、異なる職務に就いて構わない、というルールが、従業員からの申し出ではなく、就業規則の中で示された、と評価できるのです。

3.実務上のポイント

 Yは、人事制度の大幅な改革によっていろいろなことをやらなければならず、個別の従業員に対して十分気が回らない状況だったのでしょうか。
 けれども、新しい制度を安全に軌道に乗せ、安定させるためには、従業員の安心と理解が不可欠です。個別の従業員に対しても十分配慮できる内容の制度改革にとどめるなど、改革を急ぎ過ぎず、身の丈に合った改革を着実に進めていくことを考えましょう。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
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