判例

労働判例の読み方「公務災害」【地公災基金山梨県支部長(市立小学校教諭)事件】(東京高裁平30.2.28判決、労判1188.33)

0.事案の概要

 この裁判例は、小学校教諭のXが、日曜日の自治会防災訓練に参加するため、自家用車でその会場に向かう途中、途中の児童に参加を促すために立ち寄ったところ、その飼い犬に敷地内で咬まれ、通院過料2週間の怪我を負った事案です。公務災害の認定をしなかった1審判決と異なり、公務災害の認定をしました。

1.2つの理論構成

 Xの請求が認められるための法律構成は2つあります。
 1つ目は、①児童の家に行くことが公務、という法律構成です。これによって、児童の家で傷害を負ったことが公務上の災害になるのです。
 2つ目は、②防災訓練に行くことが公務、その途中に従業員宅に立ち寄ったことは、「出勤の途上」であって、経路の逸脱や中断ではない、という法律構成です。これによって、児童の家で傷害を負ったことは出勤途中の災害として、公務上の災害になるのです。

2.一審の法律構成と結論

 ①に関し、児童の家に行くことは公務ではないとして、公務上の災害であることを否定しました。
 ②に関し、防災訓練への参加は公務に該当しうるとしつつ、児童宅への立ち寄りは経路の逸脱・中断であるとして、公務上の災害であることを否定しました。

3.二審の法律構成と結論

 ①に関し、児童の家に行くことは公務ではないとして、公務上の災害であることを否定しました。
 ②に関し、防災訓練への参加は公務に該当しうるとし、かつ、児童宅への立ち寄りは経路の逸脱・中断ではないとして、公務上の災害であることを否定しました。

4.検討

 一審と二審の判断の分かれ目は、表面上、児童宅への立ち寄りが経路の逸脱・中断に該当するか否か、という点にあります(②の後半部分)。
 そこで、この点に関する二審の理由付けを見てみましょう。
 1つ目は、防災訓練に自分自身が参加することと、児童に参加を呼び掛けることは、「無関係な目的」ではない、という点です。この裏付けとなる事実として、さらに、訪問に要する時間も数分程度、教師らも児童や保護者に呼びかけるように求められていたこと、が指摘されています。
 2つ目は、Y側の、Xが児童宅で犬に咬まれたことは「通勤に内在する危険性が具体化したもの」ではない、したがって公務上の災害ではない、という主張への反論です。すなわち、裁判所はこのような「通勤に内在する危険性が具体化したもの」かどうかは、「公務起因性」の要件として検討されるものであり、「公務遂行性」の要件に関するものではないことを理由としています。
 けれども、この2つの理由は、いずれも問題があります。
 1つ目の理由について言えば、公務上かどうかの判断について、たしかに訪問の時間も考慮していますが、主に訪問の目的で判断している点が、特に問題です。防災訓練と、児童宅への訪問の関連性が認められれば認められるほど、児童宅への訪問も、本来の業務の目的そのものに含まれるのではないか、すなわち①が認められるのではないか、という疑問が生ずるのです。
 2つ目の理由について言えば、「公務起因性」と「公務遂行性」が観念的に違うと言うことは簡単ですが、実際に本件で問題になっているのは、広い敷地の奥まったところにある玄関で15mの紐に繋がれていて、広範囲に動き回ることのできた犬に咬まれた事故です。これを、公務との因果関係の問題、と言うことも可能でしょうが、広い児童宅で自由に動く犬に咬まれる行動(しかも、本来の公務ではない、と認定されている)は、防災訓練(公務)に参加(遂行)することに当たらない、と言えれば、役所の支配下にあるかどうかという公務遂行性の問題に含まれる問題である、ということも可能でしょう。
 要するに、「経路の逸脱・中断」こそが、一審と逆の判断に至る論点であり、これが逆の結論を導き出す重要なポイントであるにも関わらず、抽象的観念的な理由2つだけである点が、この二審判決の問題と思われます。

5.①の可能性

 さらに言えば、①では、児童宅の訪問は公務でない、としつつ、②では、公務と「無関係な目的」ではない、という複雑な構造の判断をしている点も問題です。
 もしかしたら、立証責任のことを考えてのことかもしれません。
 すなわち、②のうちの「経路の逸脱・中断」の立証責任はY側にあり、Yが立証できなければ公務上の災害が認定されるのに対し、①の公務性の立証責任はX側にあり、Xが立証できなければ公務上の災害が否定されます。
 これに鑑みると、児童宅の訪問は災害訓練そのものではないので、公務性を正面から認めにくいが、無関係ではないので、「経路の逸脱・中断」も認めにくい、と評価できるのです。
 けれども、①の公務性をかなり詳細に否定しているからこそ、②の「経路の逸脱・中断」部分の説明もわかりにくくなっています。
 むしろ、校長は教諭たちに、夏季休暇中でも気になる児童とのつながりを持つように指導しており、Xによる本件児童(心を開かない、人間関係の作りにくい児童、と認定されています)宅への訪問もこの指導に従っている、と評価できます。災害訓練(②の公務)のときにたまたま、児童宅への訪問(①の公務)をした、つまり、2つの仕事をまとめてこなした、と見ることも可能と思われます。災害訓練との関係に眼がいってしまったために、説明が難しくなっているのかもしれませんが、児童宅への訪問だけを一つの公務として見れば、①の理論構成も、それほど敷居が高くないように思われるのです。

6.実務上のポイント

 公務員の災害補償では通勤災害という独立したカテゴリーはありません。
 その分、民間企業の従業員に対する通勤災害の補償部分を、公務員の災害補償本体でカバーします。したがって、判断構造が違ってきます。民間企業の場合、①は労災本体であり、②は通勤災害部分となります。
 けれども、「業務起因性」「業務遂行性」という似た概念が判断基準となっているため、具体的にどのような事情に基づいて判断されるのか、という点では参考になる裁判例です。

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芦原 一郎
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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