0.事案の概要
この裁判では、①基本給+諸手当部分と②歩合給部分の2本立ての給与を支払っているタクシー会社の給与体系が問題になりました。すなわち、②歩合給部分では、残業代などが控除される計算式になっているため、①②の給与を合算すると、残業しても手取りが変わらないことになるのです。最初、1審2審は、いずれもこの給与体系を違法と判断しましたが、最高裁は適法の余地があるとして差し戻し、差戻後の2審はこれを適法と判断しました。
実務上のポイントとして特に注目している点は3点あります。
1.残業代を支払わなくても良いのか
誤解する人がいそうですが、この裁判例は、残業代を支払わなくても良い、とは言っていません。
たしかに、給与を受け取る従業員としては、残業しても手取金額は変わりません。
けれども、残業代の支払いは、法律上の義務です(労基法37条1項)。これに違反した使用者は、民事上の責任だけでなく、刑事上の責任も負う(労基法119条1項)のであって、それほど厳しいルールなのです。
そして、残業代は①の部分で支払われているのです。
2.手取りが増えなくても良いのか
この結論に対し、違和感を覚える人も多いはずです。実際、最初の1審2審は、①②全体を無効と評価しています。
これは、労基法37条の趣旨から考えれば、むしろ自然な違和感です。
すなわち、労基法37条は、残業代の割増支払を課すことで、使用者が残業させることを控えるだろう、という趣旨で設けられました。
ところが、①②を合わせると手取りが変わらない、ということになれば、残業時間が増えても使用者はお金を払わなくて済みますから、残業命令に対する牽制が効かなくなるように見えるのです。
けれども、実態は違いました。
すなわち、タクシー業界では、例えば一回の勤務時間が連続20時間を超える長時間の特殊な労働時間制度が導入可能です。つまり、ただでさえ長時間運転しているのに、残業代欲しさにさらに何時間も延長(残業)されれば、業務効率は落ちるわ、事故の危険は高まるわ、運転手の健康に悪いわ、何も良いことがありません。
そして、この状況での残業は、業務効率が悪いと評価できます。同じ水揚げに必要な時間が長い、ということになるからです。
こうしてみると、歩合給から残業代などを控除する合理性があること(効率が悪い)、残業をさせないために手取りを増やさないという方法にも合理性があること(どうせ手取りが変わらないなら効率を上げよう、健康や安全のために早く帰ろう)、が理解できます。
このような理由から、手取りが増えなくても良い、と判断されたのです。
3.2本立てにすれば何でも良いのか
では、タクシー事業会社以外の会社も、同じ2本立てにすれば、残業手当を吸収させ、支払金額を変えずに済むのでしょうか。
残念ながら、この裁判例の限界は明らかでありません。
けれども、これまでの検討でわかるとおり、この事案は特殊です。
タクシー運転手の側に、残業して少しでも手取りを増やしたいという動機があり、労基法が想定する状況と異なります(労基法は、使用者が残業させたい、という事態を想定しています)。
むしろ、もともと極めて長時間働いている状況で、これ以上残業をさせることは危険ですらあります。
また、GPSやタコメーターなどで勤務状況を全て管理することは現実的でありません。
さらに、この会社は組織率95%の組合と30回以上も協議を重ねました。
したがって、この裁判例の示したルール、すなわち①②合わせた結果、残業しても手取りが変わらない給与体系となっても、有効である、というルールが適用される範囲は、極めて限定的である、と評価するのが安全です。
実際、裁判例の中でも、「実際には残業を促すような矛盾した言動がない限り」という限定を付しているのです。
※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
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