判例

労働判例の読み方「障害者・解雇」【大阪府・府知事(障害者対象採用職員)事件】大阪地裁平31.1.9判決(労判1200.16)

0.事案の概要

 この事案は、勤務実績不良・適格性欠如を理由に解雇(分限処分)された元職員Xが、解雇後の診断により、幼少の際の頭部外傷の後遺症による高次脳機能障害と認定されたことなどを理由に、大阪府などYに対し、解雇の無効を主張した事案です。裁判所は、解雇を有効と判断しました。
 ここでは、勤務実績不良・適格性欠如に関しても、数多くのXの言動について、その有無や程度が認定されていますが、この点の検討は省略します。

1.予見可能性

 ここで特に注目するのは、予見可能性です。
 すなわち、YとしてはXの障害に対して配慮すべきだったのにそれができていなかったから、解雇が無効である、というXの主張に対し、裁判所は、Xの障害をYは知り得なかった、すなわち予見可能性が無かったと認定し、Xの主張を否定している点です。
 たしかに、Xは既に「頭部外傷による体幹機能障害により歩行困難、右上肢機能障害」とする身体障害者手帳(3級)の交付を受けていました。また、Xの上司も、Xが小学生の頃に2階から落ちて頭を打ち大きな手術を受けたと聞いていました。さらに、Xは、職場で時々意識が飛ぶことから、医師の診断を受け、睡眠時無呼吸症候群と診断され、Yもそのことは把握していました。
 このような事情に照らせば、YXの高次脳機能障害を予見すべきだった、と主張するXの気持ちも理解できます。
 けれども、障害者手帳は、運動機能についてのものであり、業務に影響する判断能力や認識能力など、脳や精神の活動に関するものではありません。しかも、どうやらXは、障害者手帳のことをYに話していないようです。それだけでなく、睡眠時無呼吸症候群と診断された際にも、脳の手術のことを話していたら、睡眠が浅い、等の症状からだけでなく、より根本的な原因を見つけるための検査が行われたはずですが、そのような形跡がないことから、ここでもYは障害者手帳のことを医師に話していなかったようです。
 さらに、Xの上司が、就業中に意識を失うXの症状や、Xから聞いた頭の手術のことから、脳の障害が疑われないか、診断を受けるべきではないか、と話したところ、Yは、「私に知的障がい者のレッテルを貼るんですか」「高次脳機能障害とでも言うのですか」と述べています。それだけでなく、Xの上司は、嫌がるXを説得して産業医に受信させ、産業医の紹介で専門医の診察を受けました。そこでは、脳波検査まで行ったうえで、高次脳機能障害を診断されませんでした。
 このような経緯を重く見て、裁判所は、Xの障害をYは予見できなかった、と評価したのです。

2.実務上のポイント

 上記の判断は、障害が疑われる従業員に関し、会社はどこまでそれを調べるべきなのか、という問題について1つの判断を示しています。
 さらに実務上は、より根本的な問題が問われます。
 それは、実際のこの事件でもその様子が垣間見れましたが、障害のある従業員が、会社で不利益に扱われることを恐れたり、障害者として扱われることを潔しとせず、そのことを隠したり、確認するための診断を拒否したりする場合です。これは、従業員のプライバシーにも関わってくる問題です。
 すなわち、障害を従業員が隠そうとする場合にも、会社はそのことをどこまで調べなければならないのか、という問題です。結局、手掛かりがあったのかどうか、調査が現実的に可能だったのかどうか、という個別事案ごとの判断にならざるを得ないように思いますが、本人が嫌がるのに、それでも産業医の受診を説得したXの上司の対応が、1つの目安になるでしょう。
 これに対しては、そこまでやらなければならないのか、という意見もあるでしょう。
 しかし、裁判所は個別事案の解決に必要な事実認定しかしておらず、このXの上司がやったことまでやらなければならない、とは言っていません。むしろ、先例として見た場合には、ここまで手を差し伸べれば許された事例がある、と位置付けることができるのです。
 ところが、Xの上司がこのような行動を起こせたのは、Xの様子を観察していたからです。Xの居眠りが、単なるXの怠惰な性格によるものだ、ぐらいにしか感じないのであれば、このような行動は起こさなかったはずです。
 結局のところ、どこまでやるのか、という義務の内容を議論する以前の問題として、現場で従業員を管理監督している管理職者が、従業員の健康状態の異常について兆候を察知する能力を有することが、会社にとって重要な問題なのです。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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