判例

労働判例の読み方「残業代」【結婚式場運営会社A事件】東京高裁平31.3.28判決(労判1204.31)

0.事案の概要

 この事案は、結婚式場Yでプランナーとして雇われていた元従業員Xが、在職中の残業代が未払であるとして、その支払いを請求した事案です。1審は、比較的広くXの主張を認めましたが、2審は、Xの主張をほぼ全て否定しました。

1.定額残業代の合意

 特に注目されるのは、職能手当を残業代とする「定額残業代」の合意がなされていた点です。
 1審は、基本給を基に計算すると、約109時間にも相当する「定額残業代」になる点等を強調して、この「定額残業代」の合意が実態から乖離するとして、無効としました。そのうえで、Yが「定額残業代」と主張する職能手当を、基本給と共に、残業代を算定する際の基本となる基礎賃金に含まれると評価しました。
 このことが、どのように結果に影響を与えのか、確認しましょう。
 まずYの主張は、基本給だけが基礎賃金であり、それに対して残業時間と割増率をかけた数字が法定残業代になります。そして、この法定残業代が「定額残業代」とされる職能手当を超えなければ、Yは残業代を支払う義務を負わないことになります。
 Y:基本給×0.25等=法定残業代
<「定額残業代」=職能手当
           この不等式が成り立つ限り、追加支払なし。
 これに対して1審の結論は、以下のとおりになります。
 1審: (基本給+職能手当)×0.25
=法定残業代=追加支払額のベース
 このことは、①「定額残業代」のカバーが無くなったため、法定残業代が丸々追加支払対象になるだけでなく、②0.25を掛け合わせる対象となる「基礎賃金」額も、職能手当が載せられる分大きくなりますので、いわばダブルで影響を受けることを意味します。
 けれども2審は、「定額残業代」が残業時間の受け皿として広めに枠を取ってあるからと言って、その時間丸々働かせるものではない、という趣旨の理由から、「定額残業代」の合意を有効としました。
 近時の下級審判決の中では、残業時間の枠として見た場合に、それが80時間や100時間など、過労死の認定基準にもかかるような長時間の場合には、合意を無効と評価するものも見受けられます。これに賛成する論考も多く見受けられますが、この2審は、この考えを正面から否定したことになります。
 今後の議論の展開が気になるところです。

2.実務上のポイント

 なお、この事案では、タイムカードなどによる直接的な時間管理がされていないことから、Xの勤務時間の認定が問題になりました。
 12審では、その判断内容に違いはありますが、例えば就業時間に関し、パソコンのシャットダウン、ログオフ、最終のメール送信時間などを参考にして、これを判断しています。いくつかの下級審裁判例では、デスクワーク中心の従業員について、パソコンを切る時間を非常に重視していますが、この裁判例では、プランナーという業務の性格上、常にパソコンの前にいるわけではない点なども考慮されており、パソコン以外の事情(シフト表やスタッフスケジュールなど)も重視し、Xの様々な勤務状況に応じて、個別に勤務時間を認定しています。
 タイムカードがなければパソコンのオンオフ、という一般論は、業務の状況によっては修正されることが示されました。
 もちろん、業務時間の管理は使用者の義務ですから、業務時間を適切に管理することがまず求められますが、トラブルになった場合の業務時間の計算方法について、必ずしも一般論が全ての場合に適用されるわけではないことを、理解しておきましょう。

※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
 その中から、特に気になる判例について、コメントします。

ABOUT ME
芦原 一郎
弁護士法人キャスト パートナー弁護士/NY州弁護士/証券アナリスト 東弁労働法委員会副委員長/JILA(日本組織内弁護士協会)理事 JILA芦原ゼミ、JILA労働判例ゼミ、社労士向け「芦原労判ゼミ」主宰
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この記事の監修者

赤堀弁護士
赤堀 太紀 FAST法律事務所 代表弁護士

企業法務をはじめ、債務整理関連の案件、離婚・男女トラブルの案件、芸能関係の案件などを多数手がける。

この記事の筆者
浜北 和真株式会社PALS Marketing コンテンツディレクター

2017年から法律メディアに携わりはじめる。離婚や債務整理など、消費者向けのコンテンツ制作が得意。
監修したコラムはゆうに3000を超える。
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