0.事案の概要
タクシー業界では、一度の乗車勤務時間が長時間に及ぶことがあり、そこでさらに残業をさせてしまうと、運転手の健康問題や、道路交通秩序の安全の問題(要は、危険運転のリスク)が生じますので、多くのタクシー会社で、運転手に残業をさせないための様々な方策が導入されています。
他方、労基法37条は、残業代の割増支払を課すことで、使用者が残業させることを控えるだろう、という趣旨で設けられました。残業時間については、賃金が1.25倍になる(0.25の時間外手当の支払が義務付けられる)のです。
この裁判例では、固定給方式と、MKシステム方式2種類の給与体系それぞれについて、残業代の金額が足りない、等が議論されました。論点は非常に多岐にわたりますが、ここでは、国際自動車事件と関わりのある点についてだけ、検討します。
1.国際自動車事件で示されたルール
まず、国際自動車事件で示されたルールを確認します。詳しくは、当連載12月2日の「労働判例の読み方」をご覧ください。
国際自動車事件では、①基本給+諸手当部分と②歩合給部分の2本立ての給与を支払っているタクシー会社の給与体系が問題になりました。すなわち、②歩合給部分では、残業代などが控除される計算式になっているため、①②の給与を合算すると、残業しても手取りが変わらないことになるのです。最初、1審2審は、いずれもこの給与体系を違法と判断しましたが、最高裁は適法の余地があるとして差し戻し、差戻後の2審はこれを適法と判断しました。
運転手から見た場合、残業をしても②が減るので、手取額は変わらないことになりますが、①の部分で残業代が支払われ、法律上の要件がクリアされている、というロジックです。
最高裁判例ですので、相当程度、一般的なルールとしての性格を有しますが、このロジックをタクシー会社以外の事業会社が採用して有効となるかどうかについては、慎重な検討が必要です。上記のような特殊な事情があるだけでなく、国際自動車では、95%の従業員の加盟する組合と何度も協議を行うなど、慎重な手続きが踏まれているからです。
2.MKシステムの問題点
このMKシステムは、国際自動車の給与体系と同様の給与体系であり、システム自体の有効性も論点となりましたが、裁判所は、国際自動車事件の最高裁判決を引用して、制度自体は有効と判断しています。
ところが、この事案ではこれにとどまりません。
上記②の歩合給部分に相当する「出来高給部分」(利益配分)について、ここから残業代を控除していくと、いずれ残業代総額がこれを上回ることになります。上回る部分について、会社は支払う必要があるのでしょうか。
この裁判例は、これを支払う必要がある、と判断しました。
すなわち、国際自動車事件で有効とされた制度にも、実際の残業代が想定された金額を超えた場合には精算が必要である、という限界があることが示されたのです。
3.実務上のポイント
ところで、固定額の手当の支払いで残業代の支払いを免れるための条件が、多くの裁判例を通して議論されてきました。近時は、①基本給部分と残業代部分が判別でき、②実際の残業代が残業代部分を上回る場合には清算することが必要、というルールとして安定してきたようです。
他方、「歩合給」「出来高給」は、固定額ではなく、残業代の金額に応じて減額されていきますので、「固定残業代」と必ずしも同じ状況ではありません。
しかし、この裁判例は、「出来高給」についても同じルールが適用されることを示した、と評価されます。
労基法37条が、実際の給与体系の中でどのように適用されるのかを検討する場合の、一つの考え方が示されたのです。
※ JILAの研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
その中から、毎週、特に気になる判例について、コメントします。
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